クールな次期社長の甘い密約

どうやら私に拒否権はないようだ……でも、どうして専務は私をこんな所に?


まだ聞きたい事が山ほどあったのに、美容院の店長だというヒョロリとした男性に会話を遮られ、彼に店の奥にあるドアの前に案内される。


「ここはね、津島物産の専務専用のVIP ROOMだよ。今回はここでって事だから、彼女、ラッキーだね」


ヤケに馴れ馴れしい店長に促されVIP ROOMとやらに入ると、六畳ほどの個室に、真っ赤なレザーの椅子がデンと鎮座していた。


その椅子に座らされ、顔を上げれば、壁一面の鏡と豪華なシャンデリア。そして、ここは花屋さんかと見紛うくらい大量の胡蝶蘭が並んでいる。


完全に場違いな所に来てしまったと冷や汗が出てきた。それに、約十年ぶりの美容院という事もあり、緊張がハンパない。


「で、彼女、とってもユニークなヘアースタイルしてるけど、前にカットしたのはいつ?」

「えっと、会社の入社式の前ですから二十日ほど前です」

「は、はつ……か? そんな最近?」

「はい、でも美容院に来たのは、かれこれ十年ぶりでしょうか?」


それも地元のおばちゃんがやってる古臭い美容院だ。


「そ、そうなんだ~」


返ってきた声は明るかったけど、鏡に映った店長の顔は引きつっていた。しかし、私の髪に触れた瞬間、彼の表情が一変する。


「とっても綺麗な髪だね。こんな艶やかな髪を触るのは久しぶりだよ」

「それは、どうも……」


どうやら店長は美容師魂に火が点いた様で、既に右手にハサミを持ち目をギラつかせていた。

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