【完】『浅草心中』
確かに綾衣には身請け話が出ていた。
「相手は蔵前の札差で、かなりの通人と聞いております」
というのが手代の吉三郎の話である。
外記はそれを知っていた。
「仮に俺が甲府勤番で江戸を離れておる間に札差に身請けでもされてみよ、もう生きて逢えぬのだぞ」
身請けは遊女にとって年季が明ける最大の好機であった。
が。
それが好いた男とは限らない。
金がすべてという、遊廓の残酷な現実である。
「…外記さまとなら、足抜けでも心中でもなんでも、添い遂げられるならばどこまでも、綾衣はついて参りとうございます」
綾衣はそれまでの、何かのはずみで泣いてしまいそうな不安げな顔から、どこか腹が据わったのかキリッとした目付きに変わった。
「心中…?」
「はい」
外記は一瞬、頭に恐ろしさがよぎったようであったが、
「…まぁどこに行こうとも、綾衣がおるなら何も怖いものなどない」
「外記さま…」
「惚れたおなごのためならば五千石なんぞ、はした金よ」
酒の力か、外記はしたたかに放言した。