追憶
第六話

「草野さん、貴方、何者ですか? 昨日も今日も私を付けていましたよね?」
 カマをかける意味もあり芽衣子はドキドキしながら草野に問い詰める。草野はじっと無表情で見つめていたが、何か思うことがあるのか考えるそぶりを見せてから返事をする。
「まずは、隣に座らないか? それから落ち着いて話そう」
「分りました」
 隣に芽衣子が座るのを確認すると昌弘は切り出す。
「まず、どの辺まで記憶は戻ってる?」
「弟の存在と幼少時代のこと、草野さんが会社の取引相手であったこと等です」
「そうか、じゃあまだほとんど思い出してないってことになるな」
「草野さん、やっぱり何かご存知なのですね?」
「知ってることもあるけど、仮にそれを僕が話しても君は信じやしないだろ? 記憶にないんだから、今のように恋人だって言っても信じないはずだよ」
(それはそうかも知れない。草野さんのことまだ信用できていないし)
「信じる信じないは聞いてから決めたいです。今はとにかく自分のことが知りたい」
 真に迫る芽衣子を見て草野は溜め息をつく。
「分かったよ。とりあえず、恋人の話は措いといて、一友人の言葉として聞いてほしい。僕とメイが知り合ったのは仕事の関係だった。取引先だからその辺は察しがつくと思う。仲良くなってからは一緒に遊んだり、時に悩みを聞くこともあった。その中でも一番気になっていた点が霊感だよ」
 霊感という言葉を聞いて芽衣子は背筋が冷たくなる。
「メイは昔からオカルト趣味があって、心霊スポットにもよく行っていたらしいんだ」
「それは郁子からも聞きました。やっぱりちょっと変わった趣味を持ってたんですね」
「まあ一般的ではないけど、僕もそういうの好きな方だし。だから話が合ったってのもあるかな。で、メイは自分には霊感があると僕に教えてくれたんだ。いわゆるありえない者が見えるってやつ」
「それ、本当ですか?」
「僕は霊感ないからその辺はメイの言葉を信じるしかなかったよ。でも、わりとそこら辺にも霊がいるとか呟いていたよ」
(我ながら怖いキャラやってたんだな……)
 ショックを受けながら黒い歴史を聞いていると、昌弘はさらに言葉を続ける。
「本題はここからなんだが、メイはご両親が亡くなっていることは思い出してる?」
「ええ」
「その両親、特に母親と仲が悪かったんだ。実の子じゃないってことでひどい虐待を受けていたんだ」
「それはさっき思い出しました。ホント地獄のような日々でした」
「らしいね。できたらそういう記憶は思い出して欲しくなかったんだけど、これから話すことに直結するから言わざるを得なかった。だから話すかどうか迷ってたんだよ」
(草野さん、私のために黙っててくれたんだ。ホントは優しい人なのかも)
 警戒心が少し薄れたところで昌弘から衝撃的な発言が飛び出る。
「で、そのご両親だけど、実は事故死ではなく殺人事件だとメイは言ってた」
 殺人と聞き芽衣子は驚く。
「警察では事故として処理されたけど、メイは独自の調査かなにかで事故死でないことを知ったらしい。僕の予想では霊関係で知ったんじゃないかなとは思ったけどね」
(両親が殺された。一体だれに?)
「それで、犯人は分かってるんですか?」
「いや、二人で調査しているところでメイが事故に遭ったんだよ。だからまず頭に浮かんだのが、真犯人による口止めだった。真実に近づき焦った犯人がメイを事故に見せ掛け殺そうとした、ってね」
「それはないです。今回の事故は道路に飛び出した子供を避けての自損事故ですから」
「本当にそう思ってる?」
「どういう意味ですか?」
「その飛び出したっていう子供、警察や僕の調査でも居なかったよ。メイはなんで事故の原因をそう思っているんだい?」
 言われてみるとなぜ事故後の記憶喪失でそのシーンだけはっきり覚えているのか疑問が浮かぶ。
「病院に駆け付けたとき記憶喪失になってるのに、事故のことだけ覚えているっておかしいとは思ったんだ。誰かにそう言われて記憶を刷り込まれたんじゃないのか?」
(刷り込まれた記憶? 誰だろう? 一体誰が? 目を覚めたとき最初に話した人は草野さんじゃなかったの?)
 必死に記憶を辿り、一人の人物の顔が浮かぶ。
「太一、会話は無かったけど、目を覚ましたとき確か太一が居た!」
「そのとき何て言われた?」
「子供の飛び出しで事故したって、そうだ、私その言葉をそのまま聞いてまた意識を失って……」
「なるほど、じゃあ太一君が嘘をついてるってことになるね。何のためかはまだ判断できないけど」
 明言は避けるものの、太一が両親の殺人事件に絡んでいる可能性があると暗に言っているように聞こえ、ついさっきまで太一に感じていた親近感が恐怖感へと変わって行くのを感じていた。


< 6 / 9 >

この作品をシェア

pagetop