追憶
第七話

「僕の言うことを信じる信じないはメイに任せるよ。ただ、僕はいつもメイの味方だから、困ったときは頼って欲しい。今はまだ見守ることしかできないけけど、必ず力になるから信じてほしい」
 去り際にそう言った昌弘の表情は真剣で、語った内容も信憑性が高いと感じる。一方、太一を疑うという選択肢も考え難く、一人ベンチに残された芽衣子は悩む。
(草野さんを信じることは太一を疑うことになる。でも私が思い出した記憶と草野さんが語った記憶で合致する部分が多い。それは太一のときも同じか。一人で考えても埒があかない。ここは素直に郁子に相談しよう)
 待機している郁子の方をじっと見つめていると、察してくれたようで小走りでやってくる。
「草野さん帰って行ったけど、帰して良かったの?」
「うん、ちょっと雲行きが変わってね。とりあえず聞いた話をそのまま伝えるから郁子も一緒に考えてほしい」
 同意を得ると芽衣子は昌弘から聞いた話と太一とのことを話す。殺人事件と聞き驚くが郁子自身の記憶とも合致する部分があったのか思い出したように口を開く。
「言われて思い出したけど、事故前のメイが言ってたわ。調べ物をしててそのことで悩んでるって。事故の日に会う約束してたのも悩みを聞いて欲しいって言ってたから、もしかしたら事件のことだったのかもしれないね。私はてっきり恋バナかと思ってたわ」
「じゃあやっぱり草野さんの言っていることの方が正しいってことかな?」
「う~ん、そこの判断は私にもできないね。手段としては太一君に直接聞くか、悟らせずに独自に調べて証拠を掴むかどっちかと思うけど」
(できることなら太一を信じたい。けど、草野さんの言動も信憑性が高い。ここはやっぱり……)
「証拠固めをしたい。って言うか、きっとこの証拠を巡って郁子に相談しようとした線が濃厚だし、きっと何かあると思うの」
「うん、私も賛成。まずは芽衣子の自宅に行こう。なにか手がかりとなる証拠があるかも」
 郁子の同意を得ると、すぐさま車に乗り込み自宅へと直行する。幸い太一ともバッティングせずコーポに着くと、二人でタンスの引き出しをどんどん引っ張り出し、目ぼしい資料を探す。
 レシートやクーポン券、テレビの保証書等、どうでもいいよう物が見つかる中、ブライダルの資料も発見され、昌弘の言っていたことを裏づける。
(やっぱり私自身も草野さんとの結婚を意識していたんだ。そう考えると、草野さんはかなり信用できるってことに……)
 結婚まで考えた相手の意見は信頼性が高いと踏んだ芽衣子は、気持ちを切り替え懸命に探す。本棚にある本の隙間まで探してみるも何も見つからない。並んでいるタイトルはホラーやサスペンス物の小説が多く、中にはストーカー対策といった本まで見られる。自分自身で苦笑いしつつそれらの本を片付ける。
 数時間後、結局それっぽい書類もなく顔を見合わせると首を横に振る。
「それらしい物はないね。ねえ芽衣子、例えばだけど日記帳とかスケジュール帳みたいなのって付けてなかった?」
「日記帳か、分からない。記憶にないだけかもしれないし。でも、確かファイルみたいな物を郁子に見て貰おうって用意してた気が……」
「ファイル……、もしかして、会社のロッカーとか?」
 郁子の放ったファイルという単語を聞いた瞬間、青色のファイルが脳裏をかすめ記憶が蘇る。
「そうだ! 会社のロッカーだ。家に置いとくより、鍵のついてる会社のロッカーが安全だからって、確か」
「ロッカーの鍵は?」
「アクセサリーケースの中だったと思う」
「了解」
 そういうと郁子は鏡台の引き出しから鍵を見つけ芽衣子に見せる。
「あったよ。まだ四時前だし、会社が閉まるまでに行けそうだけど行く?」
「勿論。凄く大事なことだと思うし、私の記憶に関することだもん。郁子が迷惑でなかったら車ですっ飛ばしてほしい」
「あはは、まあ捕まらない程度に飛ばすよ。しかし、問題が一つあるのよね」
「問題?」
「うん、メイは良いとして、私、今日体調不良って嘘ついて会社休んでるのよね~、部長に見つかったら大目玉だわ」
 肩をすくめ苦笑いしながら語る郁子を見て、芽衣子は噴出しそうになっていた。

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