secret justice
第19話

 一階にある晶の家からエレベーターで十三階に上がったところに永田の部屋がある。晶の講釈によると、マンション『レムサン』は十五階建てのマンションで、安価な家賃で多数の部屋を賃貸していることで有名らしい。ゆえに学生や、いわくありげなカップルなどが多く住んでいるそうだ。
 部屋の前まで来ると、真は晶に急かされてチャイムを鳴らす。しばらくすると、寝不足でとても不健康そうな男が顔を出す。大学生にしては若く見えない。
「誰だい? 君たちは?」
「お忙しいところすみません。『sora』の棚橋さんに紹介されて伺いました草加真といいます。彼女は僕の友達であき……」
「秋子と言います!」
 晶は真の背中の肉をつまみながら笑顔でおじぎをする。
「棚橋の知り合いか。で、なんの用? 今は誰とも話したくないんだが……」
 事件のことが尾を引いているのか永田は元気がない。
(この状態だと勇気さんのことを聞き辛いな、どう切り出そう)
 真が思案してるのを悟り、晶がこう切り出す。
「実は私たち『sora』の活動を校内で広めよう計画している高校生なんです。今朝本部に伺ったところリーダーの皆さんは会議で忙しかったらしくお時間を頂けませんでした。そこで『sora』の中でも内情を知り頼りになる人物ということで永田さんを紹介して頂いたんです」
(コイツ、よくもまあ口からでまかせを……)
 しかし、そう言われた永田はまんざらではないようで、顔には笑みがこぼれている。
「そうか、確か今日はリーダー会議があったんだっけ。なるほどなるほど、うん、じゃあちょっとだけだけど話を聞くよ。上がって」
 永田は元気を取り戻したように部屋の中に誘い、真と晶は挨拶をして永田に続く。部屋の間取りは晶の部屋と全く同じ2LDKで、学生らしく床は結構散らかっている。
 リビングに通されると真と晶は言われるがままにちょっと色あせたソファに腰掛ける。永田も対面のソファに座る。
「さてと、改めまして永田充彦(ながたみつひこ)です。で、お二人はどんなことか聞きたいのかな?」
 充彦は答える気まんまんのオーラが出ている。しかし、今回の本題は勇気の交友関係を聞くことであり、どううまくそっちへ持っていくかが鍵となる。充彦に聞かれ晶は肘で真をつついて促す。
「え~と、棚橋さんからも聞いたんですが、永田さんは『sora』において長く所属していてお詳しいと聞いています」
「詳しいっていうかなぁ、まぁそこそこやってるから自然と身に付いたってとこかな」
「いえいえ、『sora』の活動を長くしてらっしゃる永田さんは社会貢献の立場から見ても素晴らしいと思います」
「最初は仲間に誘われて始めただけなんだけどね。いつの間にか板についちゃって、今じゃ生活に一部になってるよ」
 充彦は嬉しそうに応対する。出だしとしては好調だ。晶は黙って充彦を観察している。
「永田さんを誘った方っていうのは今も活動されてるんですか?」
「ああ、やってるよ。今や羽ノ矢のリーダーさ」
「そうなんですか。じゃあそろそろ永田さんもリーダーに昇格ですね」
「いやいや、そんな、僕はリーダーというより現場や裏方で動いてる方が性に合ってるよ」
「でも、そういう永田さんのような縁の下の力持ちがいるから『sora』はしっかり運営していけてるんだと思います」
「そうかなぁ~」
 充彦はずっと照れっぱなしだ。晶もニコニコしながらメモを取るフリをしているが、そんな充彦を見て内心ほくそえんでいるに違いない。
(ここは敢えて遠回しに攻めてみるか)
「永田さんにとって活動を通じて一番よかったことや得たものって何ですか?」
「いい質問だね。活動を通じて一番よかったことは、やはり一般の方に感謝されることだね。やっててよかったって感じるからね。得たものもたくさんあるよ。礼儀作法や社会人としてのマナー、活動を共にした友人とか」
「なるほど、やはり人との出会いが一番素晴らしいんですね」
「う、うん、まあね……」
 充彦は勇気のことを思い浮かべたようで少し勢いがなくなる。
「永田さん? どうかされましたか?」
「あ、いや、ちょっと最近嫌なことがあってね……」
「やはり活動してると嫌なことも多いんですか?」
「いや、活動とかは関係なくて、僕の友人が最近亡くなったんだよ。ニュースとかで見なかった? 一家刺殺放火事件。あの事件で亡くなったのが僕の親友だったんだよ」
「あの事件は僕も知ってます。実は家が近所で事件当日は人だかりが凄かったですから」
「そうか、近所だったのか…」
 沈黙する充彦に対して、ずっと観察していた晶がとんでもないことを話し出す。
「これから話すことは勇気さんと私しか知らないことなんですが、私と勇気さん、実はつき合ってたんです」
(はぁ!?)
「えっ!? マジで?」
 爆弾発言を受け充彦もえらく驚いている。
「今回のこの話も勇気さんから教えてもらって、私が生徒会に企画立案したんです。仲の良かった永田さんのことも何回か聞いたことがありました……」
 晶は顔を両手で覆い、悲しそうな態度を取る。もちろん演技だということを真は見抜いている。
「そ、そうなのか、君は勇気の……。う~ん……」
 充彦は何か思い悩み、泣いているフリを続ける晶をよそに真は質問をする。
「今回の事件で、勇気さんって何かトラブルでもあったんですかね?」
「う~ん、勇気は活動態度も真面目だったし、学校もバイトもサボらずに出てた」
「じゃあ、何であんな残忍な事件に巻き込まれたんでしょうか?」
 充彦は泣いている晶の方をチラっと見ると真に手招きをする。
「ちょっと僕の部屋に来てくれる?」
「はい」
 真は晶をそのままにして、呼ばれるまま隣の部屋に向かう。部屋はは四畳半程で部屋のほとんどは本とCDで埋め尽くされている。
「永田さん、どうかされました?」
「いや、活動とは関係ない話なんだけど、あの子に可哀想だと思って君だけを呼んだんだ」
「関係ない話というと?」
「君はあの子と仲がいいみたいだから、後で言っておいてほしいんだけど……。勇気には唯一の欠点があって、それが女癖の悪さなんだよ」
(そういや調査書に女友達が多いとあったな)
「あの子の存在は僕も知らなかったけど、他にいろいろつき合ってた女がいたみたいなんだよ。今回の事件が起きたとき、もしかして女絡みじゃないだろうかと疑ったからね。ま、嫉妬で他の家族まで殺害するなんて考えられないんだけどね」
(いや、十分有り得る話だ)
「あの子のためにもそれとなく勇気を早く忘れるように言っといてよ」
「分かりました。つかぬことをお聞きしますが、勇気さんの付き合ってた彼女がどんな人だか分かりますか?」
「いや、そこまでは分からないな。勇気がたまに家に泊まりにくることはあったんだけど、荷物だけ置いて女と会ってくるって出て行くことはよくあったよ。だからこの周辺で会ってるんだろうってことくらいしか分からないな」
「そうですか……」
 充彦の部屋からリビングを覗くと、晶はまだ泣いたフリをしている。
「すみません。相棒があんな感じでは今日はおいとました方がいいみたいですね」
「そうだね、すまないね、彼女だと知らずにあの子の前で勇気の話をしてしまって」
「いえ、こちらこそ大変なときに失礼しました。また機会を改めて伺います」
「ああ、また来てよ。今度はちゃんと話すからさ」
 真は充彦に一礼すると泣いているフリをしている晶を立たせ、一緒に家を出る。泣いているフリをしていた晶はエレベーターに乗った瞬間に演技を解き、部屋でのことを聞いてくる。
「永田の部屋で何話してた?」
「勇気さんの女癖の悪さについてだよ。どうやら嫉妬の線もあるみたいだ」
「嫉妬で勇気を刺殺、そして犯行発覚を恐れて家族も殺害。有り得なくもないけど、だとしたら犯人はそうとうキレてる女か、鋼鉄の精神力を持ってるヤツだね。勇気の彼女について永田は何か言ってなかった?」
「何も知らないらしい。永田さんもうまく家を利用された口みたいだ。手がかりと言えば勇気さんと彼女は八雲周辺でよく会ってたってことくらいだな」
「それじゃ、手がかりほぼ0じゃん。八雲はバカップルの生息地なんだよ? 星の数ほどいる女の中からどうやって探すつもり? アホらし……」
 晶は文句を言いながら、一階に着いたエレベーターから降りる。晶は家には戻らずそのまま外に出ていく。このまま真の家に向かうつもりなのだろう。
 携帯電話で時刻を確認すると午後二時半を表示している。真と晶は駅に向かいながら今後の作戦を言い合う。
「八雲支部の女の子に聞き込みを入れるってのはどうだろう?」
「それをやるなら八雲支部だけじゃなく本部・支部全部の女を当たらないとダメじゃん。だいたい身内の八雲支部の女に手を出すなんて確率は低いだろうし、かと言ってすべての女に聞き込むなんてめっちゃ時間かかる上に怪しまれるよ。それに、もし聞き込みの最中まかり間違って犯人の女とかち合っちゃったりしたら目も当てられない。聞き込みして犯人の方から『私が勇気を殺しました』なんて自供をする訳ないし、事件を追うあたしたちの存在をばらしてしまうだけになる」
「そう考えるとリスクの方が高いな。かと言って手をこまねいている訳にはいかない」
「あたしの計画では、まず真の家にある資料を見せてもらい、さっき真に教えてもらった情報の真偽の確認&伝え漏れがないかをチェックする。そして、黒田の身辺調査に移行。勇気の女探しは遠回りになるけど今は保留しといて、確実に怪しい黒田の調査を優先する。OK?」
「ああ、完璧だよ。じゃあ家に急ごう」
 晶の論理的な計画と状況に応じた大胆な行動力に関心しながら真は駅に向かった。


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