secret justice
第23話

 午後七時、二人は真の家の近くにあるマックの二階で夕食をとっている。当初、真の家で話し合おうという計画だったが、真の家族を巻き込む可能性を考慮してマックで話すことになった。
 夜の七時だというのに店内は若者で溢れかえっており、家で食事を取らない若者が増えていることが見てとれる。真がハンバーガーを食べ終えたころ、晶がバナナシェイクの二本目を飲みながら本題の話をしてくる。テーブルには真のメモ帳がひろがっていた。
「黒田から得た新しい情報を整理すると……」

1:黒田は天野さんと丸武を殺害した犯人
2:天野さんのときは偶発的で、丸武のときは教唆によるもの
3:天野さん殺害時の凶器は真犯人が回収。丸武殺害後黒田に返却される
4:殺害を依頼(強要)した真犯人(もしくはその一味)は女性

「とりあえずこんなとこね」
「殺害依頼と凶器のこと以外は予想通りで、得られる部分は少なかったな」
「同感。役立たずもいいとこ。結局犯人にいいように利用されてるし」
 晶はペンを置いてアップルパイをほおばる。
「で、その真犯人のことだが。殺害を強要した理由は、やはり探偵事務所にあると思われた調査資料の原本だよな?」
「多分ね。犯人は更科宅で天野さんの調査資料のコピーを見て何かしらの不安を抱いた。そして探偵事務所にあるであろう原本をどうにかしようと考えた。しかし、自分が動くのは危険と判断し、偶然巡り会った黒田の殺人事件を利用した。こう考えるのがしっくりくる」
 アップルパイを食べ終えた晶はバナナシェイクを飲みながら一息吐く。
「あたしが今回の事件で疑問に感じたのは、なぜ犯人は黒田に犯行をなすりつけなかったのか、という点。丸武と探偵事務所を襲わせるためだけに凶器を回収し放火するなんて利にかなってないと思う。あたしが犯人ならまず凶器や調査資料を残したまま捜査の目を黒田に向かわせる。そして黒田が捕まったあとゆっくり探偵事務所の襲撃を考えると思う。ううん、むしろ黒田が犯人として逮捕された時点で探偵事務所を襲う理由がなくなり、黒田逮捕で万事解決だと思う。黒田が一家を殺害してないなんて言い張っても凶器が現場に残されている以上言い逃れなんてできるもんじゃないし。でも今回は、くしくもあたしたちがさっき黒田をハメたときの録音テープの証言で黒田が一家を殺害してないことが裏付けられる。なのに、なんでこんな回りくどいことをしてまで事務所を襲わせたのか……、真はなんでだと思う?」
「やはり調査資料が一番の理由だろうな。捜査の目を早く黒田に向けさすには調査資料を現場に残さなければいけない。しかし、調査資料を現場に残すことによって犯人にとって都合が悪いことがあった。だからわざわざ凶器を回収するなんて危険なことをしてまで遠回りに探偵事務所を襲う計画を考えた。そんなとこだろ?」
「明察。調査資料のどこかにきっと犯人に繋がる何かがある。それを突き止めなければ絶対犯人には辿り着かない。見落としがないかもう一回調査資料よく見てみようよ」
「そうだな」
 真はリュックの中から調査資料のコピーを取り出す。調査資料は全部で四枚で、右上隅に通し番号がふってある。


No.1(契約書)

1:更科義男(以下甲とする)を依頼者とし、当社(以下乙とする)が法令遵守を前提とし調査にあたる
2:調査期間は平成十七年六月二十日(月)からとし、月水金を一週目、火木土日を二週目としてこの繰り返しで調査を行う
3:一日の調査料金は八時間を基本として七千円とし、それ以降の調査は一時間千円とする(交通費別)
4:調査終了までにかかった諸費用と調査報告書作成手数料は別料金
5:甲は乙に対していつでも契約の解除ができる。解除までの調査料金は発生。解除に伴い損害が発生した場合も甲が賠償する
6:乙から甲に対して契約を解除するには法令にのっとった正当な事由を必要とし、それまでの調査費用は請求しない
7:準拠法は日本国とし、裁判地は八雲地方裁判所とする
8:乙は業務上で知り得た個人情報を厳重に保護する

請負人:久宝探偵事務所所長:久宝竜也

依頼人:更科義男
生年月日:昭和十五年十二月十六日
住所:水城町上中野四―十七
職業:高空市市役所役員
連絡先:@@@―@@@―@@@@
緊急連絡先:@@@―@@@―@@@@

家族構成:祖父明男・祖母紗枝・妻優子・長男勇気

依頼日:平成十七年六月十七日


「1ページ目では特に気になる点はないけど、真は何かある?」
「いや、同じく特にないな。次の依頼内容を見てみよう」


No.2(依頼内容及びその概要)
1:甲の周辺に起こっている不可解な出来事を調査
2:甲の息子、更科勇気氏の素行調査

(1について
甲によると、車のパンクや私有地におけるゴミの投棄、イタズラ電話等が発生。プライベート・勤務中問わず不可解なことが起きておりその原因調査を依頼。
(2について
甲によると勇気氏は大学に入学してから夜遊びが多くなったのか自宅にも帰らない日もあり、聞いても答えはいつもはぐらかされる。何をしているのかを調査してもらいたいと依頼。


「ここも問題ないね」
「ああ」


No.3(更科義男にまつわる身辺調査報告書)
・依頼から一週間後、甲の車両を尾行する車両を発見。車両の尾行は甲の母屋前まで継続。対象はこれといった行動もなくそのまま移動。対象を尾行するが見失う。
・対象確認から一週間後、同じ条件下で対象を発見。甲の母屋にゴミ袋を投げ入れる場面に遭遇。その撮影にも成功。尾行の結果氏名・住所等の情報を確認。顔写真も入手。
・四日後の金曜日依頼者への報告予定
氏名:黒田勇作
住所:月笠市月笠九―三、コーポサンセット一○二号


「これも黒田の発言通りでおかしなとこはないだろ?」
「うん、ないね。このまんまの内容だと思う」


No.4(更科勇気の素行調査報告書)
・勇気氏は大学における通常の授業はすべて真面目に受けており、学業は疑う余地は無し。授業は月曜日から金曜日まで毎日有り、土日も午前中のみ研究室にてサークル活動に勤しんでいるもよう。
・授業終了後は学友と共に遊興する。主に八雲駅周辺にて行動している。女友達が多いようだが遊興中は普通の若者となんら変わりない行動。
・夕方五時頃、八雲駅の周辺でゴミ拾いや治安維持にあたるNPO法人の事務所の支店に出入りしていることが判明。支店は当探偵事務所から一キロ程のビルに所在。本部は茶屋咲駅から徒歩二分の場所に所在。
・数分後事務所からNPOの運営する名称『sora-空-』というジャケットを身にまとい、同じジャケットを着た男女数人と出てくる。活動日は土・日・祝日。活動は九時過ぎまで行い。商店街の店主たちからも感謝されているようだ。
・NPO活動後はネットカフェ『ピエタ』でのアルバイト。終わるのは深夜二時。アルバイトのある日は八雲駅近くの友人宅へ宿泊する。アルバイトのない日はNPO活動後に帰宅。アルバイトは火・木・土・日の週四日。
・最終報告。素行に問題無し。甲の身辺調査報告と共に報告予定



「これを見ても特に変なとこはないのよね」
「ああ、女友達が多いというのは不自然ではないし。これだけでは疑う余地もない好青年だ」
「なんだろ、絶対なんかあるんだろうけどな。う~ん……」
 晶はストローを加えたまま悩んでいる。決して行儀の良い姿ではない。真はいつもの癖で耳たぶを触りながら考える。
(いったい目的はなんだ? 晶の言うように必ずこの資料のどこかに犯人に繋がる接点があるはずだ。何もないのに探偵事務所を襲わせ放火までさせる理由がない。そういやまてよ、放火、か……)
「なぁ晶。犯人はなんで更科さん宅を放火したと思う?」
「えっ? 何よ急に。放火は、犯人が訪問した際に残した家の中の指紋とか殺害証拠を一気に消すためか、強い恨みがあったのか、犯行を攪乱するためとかだと思う。なんで?」
「いや、放火までするなんてちょっとやり過ぎじゃないかと思ったんだ。指紋とかの証拠隠滅や捜査の攪乱と言われればそれで納得はいくけど、それでもやり過ぎだと思わないか?」
「う~ん、でもさぁ、一家を刺殺するくらいの犯人なら放火だってなんとも思わずやってのけるんじゃないかな? それに現場で冷静に資料を見て、その上次の計画を立てて凶器を持ち帰る犯人だよ? 普通の神経の持ち主じゃないって」
 晶は目を閉じたまま二本目のバナナシェイクを飲み干す。
「そうか、うん……」
 悩む真を無視して晶は一階のカウンターに三本目のバナナシェイクを注文しに行く。
(晶の言う通り犯行は残虐で、黒田を使うあたりは冷酷で大胆だ。証拠隠滅のために放火するくらいのことは易々とやってのける犯人なのかもしれない。例えば、殺害時に返り血によって浴びたであろう自分の服を燃やすためという考えもできなくはないが、逆に証拠として残る可能性もあるし危険だ。放火には特にこれと言った理由はなかったのだろうか……)
 資料をじーっと見たまま耳たぶをさする。晶はバナナシェイクをまたしても二本買ってきたようで、ごきげんな様子で目の前に座る。


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