secret justice
第5話

 通学中に昨夜の現場の前を通ると、深夜とは違い報道陣らしき人たちがちらほら見られる。 遥の方を見ると厳しい目つきで焼け跡を見ており、おちゃらけたイメージは全くない。
 自分の亡くなった現場を目の当たりするのは決していい気分ではないのだろう。そこに興味本位や肝試しとかで訪れる人間に霊が怒るのは無理もない話だ。自分の行動を少し恥ずかしく感じ、真は足早にそこから離れる。

 真の通う学校は、最寄りの駅から二駅目の場所にあり、進学校としても名高い私立高校だ。 一学年七クラスで構成されていて、一クラスあたり四十人の生徒がいる。そして一組から五組までが普通クラス、六組と七組が進学クラスとなっている。
 この学校の特色はそれだけではなく、一組から五組の中から期末テストの成績上位十人が、次期に六組に上がるというシステムがある。そして、六組及び七組の各成績下位十人が期末テストごとにそれぞれ一つ下の組に落ちる。
 逆に六組内において成績優秀者十名は七組に上がることができる。つまり学期ごとに一番変動が激しいのが六組ということになる。 ただ、七組内において六組内の生徒より下回る成績者がいない場合は移動はなく七組は変動無しとなる。これは六組にも共通している制度で、六組内の生徒が五組以下の生徒の成績を下回らない限りクラス落ちはない。
 そして、ここが一番重要なのだが、六組及び七組は月々の授業料が免除されるのだ。割合もクラスにより違い、六組は三割引き、七組は五割引きとなっており、普通クラスは割引が一切ない。とにもかくにも成績がモノをいう学校と言える。

 昼休み、真は生徒会室の自分の机で遥とお互いの情報交換をしていた。机には昨晩書いたメモが置かれており『霊の特徴』というタイトルと具体的な特徴、その下の欄に『更科さん事件について』と新しく付け加えてある。
「で、真君は七組にいるから、すごいんだね。やっぱりお父様が外交官だと頭のデキが違うのかしら?」
「父親は関係ないよ。入試の結果がたまたまよかっただけだよ。来週ある期末テストの結果次第では二学期からは六組落ちさ」
 真は携帯電話を片手に通話しているフリをしながら遥に話しかける。これなら誰かに見られたとしても言い訳が立つ。
「僕のことはほどほどにして、そろそろ事件解決に関することを聞きたいんだけど」
「そうね。じゃあ、まず何から話そうかしら?」
「一番重要なのは、なぜ天野さんが更科さん宅に居たのかという点と、犯人との面識の有無だよ」
「分かったわ。まずなぜ私が更科さん宅に言ったかという点なんだけど、それは更科さんから身辺調査の依頼を受けたからなの」
「身辺調査? ってことは、もしかして天野さんは探偵?」
「ん~、まぁ、そんなとこね。で、犯人のことなんだけど面識はなかった。と言うより、背後から刺されたって言うのもあるけど、倒れる瞬間後ろを見たけど犯人は目だし帽を被ってたのよ。だから体格や風体から男性っていうことくらいしか確実に分かることはないわね」
「なるほど。で、身辺調査の結果を報告する為に天野さんは更科さん宅に向かったんですよね? 更科さんは具体的にどんな内容の調査を依頼したんですか?」
 質問をしながら真は昨夜のようにテキパキと要点だけを書き出す。
「依頼内容は守秘義務と言って本当は話せないらしいんだけど、依頼者が亡くなってるんだしこの際いいわよね。実は先月くらいから更科さん……、祖父母からみた息子さんね、その人から『自分の身近で変なことが起きてる。もしかしたら命を狙われているかもしれない。私の周りで私を狙っている者が誰なのかつきとめてくれ』って依頼があったの」
「で、調査結果は?」
「実際、更科さんが言うように怪しい人がいたわ。更科さんは市の役員なんだけど、市役所から帰宅するとき更科さんの車を尾行する車があった。それに自宅周辺をうろうろする男の姿も写真に撮っている」
「じゃあ、そいつの犯行という線が濃厚じゃないかな? 証拠写真とかは、やっぱり現場で?」
「ええ、良くて燃えカスくらいなら残ってるかもね」
「そうか。で、その人の個人情報はどこまで割れてる?」
「どこまでと言われると記憶薄で何とも言えないんだけど、うちの事務所のロッカーに行けば確実な調査資料があるわ」
「それだ。まずそれを確保しなければ始まらない。事務所からどこかへ送ってもらうことはできる?」
「現状でそれは無理ね。ロッカーの暗証番号はそのロッカーの利用者しか知らないもの。例え所長でも開けることはできない。私が真君に暗証番号を教えて、真君が取りに行くか、真君が所長に連絡を取りその暗証番号を所長に教え特定の場所に送付してもらうか、それくらいしかないかもね」
「前者の僕が取りに行くパターンはすごく怪しまれると思う。潜入するならまだしも、いきなり知らない高校生が事務所に入ってきて、天野さんの知り合いと名乗り天野さんのロッカー開けることになるんだからね。後者のパターンで、その事務所の所長と話して協力して事件にあたることができれば一番いいんだけど……」
「『調査継続の理由が幽霊の天野さんからの依頼』じゃ、まず取り合ってくれないわね。個人情報が詰まった大切な資料をそんなに簡単には渡してくれないと思う」
「そうなんだよ。やれやれ、どうやって調査記録を拝借すればよいのやら、まずそれを考えなければならないのか」
 真は携帯電話とペンを机に置いて腕組みをする。何かに行き詰まるときは、たまに耳たぶを指でなぞる癖があるらしい。
「事務所の従業員は全部で何人?」
「今は所長一人だけだと思うわ」
「一人? ってことはその事務所はもともと二人だけ?」
「そ、二人だけ」
「そうか、一人ってことは、うまく丸め込めばいけるかもな。天野さん何かいい考えはない?」
「所長を殴って気絶させ、素早く資料奪取」
 遥は人差し指を立てて笑顔で提案する。
「さて、どうやってうまく潜入しようか……」
 真は遥の意見をあっさり聞き流す。
「事務所の情報を詳しく知りたいんだけどいいかなぁ……? って、痛い痛い! 耳たぶを引っ張るな!」
「目上の女性の発言を無視した罰よ」
 遥は嬉しそうに真を見る。
「天野さんが真面目に考えないから無視したんだよ。耳たぶを引っ張るなんて逆ギレもいいとこじゃない……、ん?」
「実は触ることができるの♪」
「………早く言えよ。だったら資料を手に入れることも簡単そうだ。所長を引きつけてる間に僕でも天野さんでもどちらかが拝借すればいいんだから」
「あ、ちなみに私、真君にしか触れられないわよ」
「………それも早く言えって。うん、とりあえず事件のことは置いといて昨晩の続き、天野さんの特徴についてすべて聞くよ。その方が作戦を立てやすそうだ」
 真がペンを取ろうとした瞬間、生徒会室の扉が開く。
「あ、話し声が聞こえると思ったら草加君じゃない。って携帯中か……」
「うん、うん、じゃあ、今度その問題集のある本屋に一緒に行こう。じゃ、また」
 真はあたかも通話してるように装って電源を切る。そして焦ることなく机のメモを折り畳んでズボンのポケットにしまい込む。
「私用で生徒会室を使ってすいません、鹿島先輩」
 真は席を立って丁寧に頭を下げる。
「ああ、いいのよ、そんなにかしこまらなくて。生徒会員は他の委員よりたくさん働いてるんだから、生徒会室を使ってても仕事と言えば通るよ」
 鹿島と呼ばれた女性は話し言葉も快活で姉御肌という感じの生徒で通っている。スポーツ万能で成績もよく、後輩からの人望も厚い。
 この生徒会においても二年生ながら副会長の任に就いており、秋の生徒会選挙では生徒会長の座が有力視されている。鹿島優(かしまゆう)と聞けば校内の誰もが知っているくらいの知名度があり、その人気も後押ししていると言えた。
「でも、規約では使用する場合、会長か副会長の同意が必要となってますから、これから気をつけます」
「草加君は生真面目ね。ま、そういうところが良いところとも言えるけど。それはともかく、月末の総会の議題について意見がほしいんだけど、今時間大丈夫?」
「大丈夫ですよ。じゃあ、早速検討してみましょう」
 優と真は月例となっている生徒会役員会の議題に目を通しながら話を進める。生徒会の役割と言えば、全校生徒の要望を聞きそれらを精査し、より良い学校生活を送るために、全校生徒を代表して精査された要望の実現を求め学校へ働きかけるのが主な役割だ。 今回挙がっている議題も多数にのぼり、生徒会への期待の高さが伺える。
「次に、インターネットルームの待ち時間の長さをどうにかしてほしいという意見が結構あるんだけど、これはスペースや予算の関係で去年からずっと保留にされてきた議題よ。草加君何か意見ある?」
「そうですね。僕自身利用したことがありますが、確かに待ち時間の長さは感じました。これはネットの性格上、一人で長時間使用してしまうからでしょう。かと言って単純に台数を増やすというのも予算上難しい。これまでどんな改革案が出たんですか?」
「これまでは、一人当たりの使用時間制限を設ける案、曜日によって使用できる学年を分ける案、有料化にする案、各教室に一台設置する案、インターネットルームを廃止する案、などね。どれも何かしらのネックがあって採用されずだけど」
「ネットルームにおける使用状況、主にどのような目的で使用されているのかは分かってますか?」
「一応アンケートを取ったんだけど、それらの回答の真偽は定かではないし、当てにならないわね。たいていは資料の調査や請求といった使い道が書かれてたけど、個人的な趣向、特に男子は良からぬサイトを見て楽しんでる可能性が高い。そう思わない? 草加君」
「僕にそんな同意を求めないで下さいよ。でも、それはあるでしょうね。それに対して、仮に規制を掛けてたとしても最近の高校生だと簡単にブロックを解除するだろうから無意味になると思いますね」
「で、妙案は?」
「一例ですが、黒板に対して一方向並んでいる今のパソコンの配置を変えてみるっていうのはどうでしょう? みんなが見られるような配置に変えれば、そう大っぴらにアダルト系サイトを開くこともできない。羞恥心を逆手に取った作戦と言ったとこです」
「予算も必要ないし、それはいいかもしれないわね。今度の会で話を進めてみましょう。これに反対する委員はアダルトサイトの恩恵に与っている人と思って間違いないないわね」
「会長が反対したら笑えますけどね」
「会長が聞いたら怒るぞ~、ま、無きにしもあらずって感じだけど。あ、そろそろ昼休み終わりね。鍵は私が閉めとくから草加君はもう教室に帰った方がいいわ。忙しいのにありがとね」
「いえ、役員として当然のことをしてるまでですから。お先に失礼します」
 真が立ち去った後、優は資料の整理を始める。ふと机の足下を見るとさっきまで真のいた場所に折り畳んだメモが落ちており、優はそれとなく開いて見てみる。
「霊の特徴? 何これ?」
 優は興味津々で書いてある内容を読み始めた。

< 5 / 36 >

この作品をシェア

pagetop