秘密の告白~おにいちゃん、あのね~
「こんにちは、東さん」

「は、はいぃぃ!ほ、本日はおま、お招きいただいて……」

 ええ……招かれるっていうか、あいさつに来たんだよねぇ?

母の混乱具合に僕は絶望しっぱなしだ。

「君が匠くん?」

 チラリと移された視線にどきりと心臓がはねた。「は、初めまして、東匠です」

 慌ててぺこりと頭を下げると、すっと扉の奥に通される。

次元の違いを母と二人で感じながらうちの風呂場よりは大きいであろう玄関を抜けると、目の前にはらせんの階段が広がる。
僕たちはちょうど階段の手前の左手の部屋に案内された。

「お母様に無理を言ってお願いしてしまって悪いね」

 白い皮のソファにかけるように促され、膝をがくがくさせながらゆっくりと腰を落とすと、ぴしっと髪を整えた中年の女性がお茶を出してさっさと下がっていった。

思考が追い付かないのだけども、ふと気づいたのは、なんでこんな家柄の人と母につながりが?

我が家はしがない母子家庭、貧乏ではないものの、まあそれなりに言えのことは気にする程度の家庭なのだ。


「あ、あの……」

 僕が口を開きかけたとき、男性は優しく微笑み「ちょっと待ってね、まずは娘をつれてくるから」と席を外す。

隣の母親を盗み見すると、目を閉じて深呼吸を繰り返していた。


 ほんと、なんだってんだ。

いろいろ聞きたいことはあったのだけれど、さきほど入ってきたドアが再び開かれたとき、僕はすべての言葉を失っていた。


「すまんね、うちの娘だ。この子の勉強を見てやってほしいんだ」

 クセの強い淡い色の髪をゆらし、一瞬目を丸くした後すこしはにかんだ少女。

背は少し伸びたのだろうけども、まだ面影は十分に残っていて、僕にとっては一目瞭然だった。


「小学校1年生になったばかりだが、何かと人付き合いが苦手な娘でね」

 苦笑いをして彼女の肩を抱き、僕らの目の前に押されるように現れた彼女。

「はる……」

 思わず言いかけた僕の言葉に重ねるように、男性は口にする。

「娘の一之瀬遥姫です」

 僕がいなくても、みんなと仲よくできてた?
お気に入りのうさぎのぬいぐるみは、もう手放すことができた?
あのころの寂しさは大丈夫になった?

「おにいちゃん、あのね」

 思いと言葉が溢れるように込みあげてくるけれど、それを一瞬でかき消すように彼女は笑った。

「遥姫です、よろしくね」
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