ふたりぼっち
あの男が立っていた。しかし、昨夜とは違ってピシッとシワ一つないスーツを着ており、顎に無精髭はなかった。ボサボサだった黒い髪も、ワックスで整えられている。男は見るからに、サラリーマンの格好をしていた。普通に見れば、イケメンの一言に尽きると思う。でもコイツは、私をさらった誘拐犯なのだ。昨夜無理やり睡眠薬を飲まされたあの恐怖が、蘇ってくる。「起こしに行こうと思ったら……お前はまた脱走しようとか考えているのか? 」男は呆れた風な表情をしていた。「わ、私をどうするつもり……? 」震える声でそう尋ねる。男はハァッと息を吐いた後、私をチラリと見た。
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