ビルの恋
「一か月ぶり」

席に着くと、伊坂君が言う。
今日は少し疲れた様子だが、相変わらず整った容姿。
ダークグレーのスーツに、ごく薄い水色のシャツ、濃紺のストライプのネクタイがとても似合う。
やっぱり、伊坂君は素敵だ。

「そうだね」

私は答える。

「留学の準備は進んだ?」

「うん。ビザが取れて、仕事の引継ぎも目途がついたところ。
あとは向こうでの部屋探し」

「そう」
私と揉めていても、伊坂君は着々と準備を進めている。
伊坂君は、そういう人だ。

沈黙が続く。それぞれ一杯目のグラスが空き、堺さんがオーダーを取りにくる。
二人とも、いつもはすぐ決まるのだが、今日は迷って決められない。

堺さんが、では私がお決めしましょうか、と言い、ウィスキーをロックで出してくれた。

「氷を溶かしながら、ゆっくり楽しんでください」

そう言うと、堺さんは私たちのそばを離れた。

一口含むと、芳醇な香りが広がった、

「これ、多分すごくいいお酒」

「そうだね。旨いな」

二人でしばらく黙ってウィスキーに集中した。
時折、カラン、カランと、氷の軽やかな音が響く。

伊坂君が沈黙を破った。


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