愛しの残念眼鏡王子
その時のことを思い出しているのか、専務は顔を綻ばせながら話を続ける。


「無礼講とばかりに、みんな羽目を外しちゃうけどね。でもその飲み会のおかげで、俺はこの職場に馴染めることができたんだ」

「……え、専務はずっとここで働いていたわけじゃないんですか?」

びっくりして思わず聞いてしまうと、途端に専務は眉尻を下げた。


「大学を卒業後、しばらくは東京の会社で働いていたんだ。……今は元気になったけど、一時期父さんの体調が思わしくなくてね。それで帰ってきたんだ」

そう、だったんだ。専務も東京で働いていたんだ。……私と同じだったんだ。


意外な共通点に驚いていると、専務は足を止めた。

つられるように私も立ち止まり、専務と向かい合う。

すると彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出した。


「だからなんていうか……香川さんの気持ち、少しだけ分かるんだ。俺も最初はここでずっとやっていけるか不安だった。でもそういう時、誰かひとりでも話を聞いてくれる相手がいるだけで、気持ちは変わると思う」

専務は誰を思っているのだろうか。

眼鏡の奥に見える瞳は大きく揺れ動いていて、泣いているようにも見える。
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