狼陛下と仮初めの王妃
「あ、あ、あ、あそこが牛小屋です」
腰を庇い、声を裏返しながらも言葉にするニックに対し、リンダはにっこり笑って頭を下げた。
「ありがとうございます」
リンダは騎士たちの輪の中に入っていき、あちらの建物におられるようですと、ひときわ立派なオーラを放つ騎士に伝えている。
鋭い眼光の騎士は牛小屋を見やってうなずき、ひとりで歩いて行った。
ニックは何事が起きるのか分からず、ごくりと息をのむ。
一方、牛小屋の中にいるコレットは、ニックが腰を痛めそうな事態に陥ったことなどつゆ知らず、一生懸命小屋の掃除をしている。
箒で散らばっている干し草をせっせと固めていると、不意に、ふわりと後ろから抱きすくめられた。
「え……?」
自分の体を包んでいる、黒い服を纏った逞しい腕は、コレットには覚えがあり過ぎる。
けれど、それはとても信じられないことで……。
「コレット・ミリガン。君を迎えに来た」
忘れもしないバリトンの声が耳をくすぐる。
けれど、どうして彼がここに来るのだろう。
そして、迎えに来たとはどういうことか。
彼に会えてうれしい反面、コレットは頭の中が混乱してしまった。
「陛下……どういうことですか?」
疑問符を浮かべるコレットの体をくるんと回して向き合う形にした陛下は、小さな手が握っている箒を取り上げて壁に立てかけた。
そして、コレットの前にひざまずいて、手を握った。