待ち人来たらずは恋のきざし


う〜。…何だか顔が凄く火照る気がする。赤くなってるなぁ、きっと。
はぁ、甘くてシュワッとしてて、桃の味がして美味しいカクテル…。
さっきの何とかって言うジュースと同じように、グビグビ飲んじゃったぁ。

…ふぅ、こんな物の飲み方一つ、今まで知らなかったなんてぇ。

大人としての嗜みも無い…。
なのに…何となくいい事があればなって、…求めてばかり。

あ、そうだ。これはベリーニって教えて貰ったんだ。ベリーニ、ベリーニ…。そうだった。
もし次来る事があるなら、またこれをお願いしようかな。
あ、…もう来ないか。
今日だけって、決めて来たんだった。


それから、もう一杯、ミモザっていうのも作って貰った。


「ごめんなさい…ご馳走様でした。もう…帰ります」

立ち上がった身体の動きが何だか鈍い。

「あ、大丈夫?
宜しかったら、もう少し休まれてからお帰りになられた方が良くないですか?
うちの方は幾ら居て頂いても一向に構いませんので。

大丈夫だろうとお出しした物で、これ程酔わせてしまうとは思いませんでした。
申し訳ございません。

構いませんので、そのまま、そちらで、まだお休みになられてください」

「あ…有難う…ございます」

大した事は無いのだろうけど、何せ飲み慣れていない。
何だかフワ〜ッとして、一度立ち上がっていたけど、返事をしながらまた椅子に腰を下ろしてしまった。

「では…お言葉に…甘えさせて頂きます…」

身体も何だか怠くなって来た。
脱力してカウンターに頬を付け伏せてしまった。

…はぁ、冷たくて気持ちいいかも。

あ…、ひょっとして…眠ってしまわれたかな?
フ、丁度いいほろ酔いといったところかな。
可愛らしい方ですね…。


「見掛けないね」

「え?はい。今夜、初めていらしてくれたお客様ですから」

「…ふ〜ん。この様子だと、結構早くから飲んでたんだ」

ネクタイを左右に動かし、少しだけ緩めた。

「いいえ、いらしてから…小一時間程ですかね」

「あ、じゃあ、余程強いのを飲んでたんだ」

「いいえ。度数の低い軽いカクテルを、…二杯」

「あ、は、そうなんだ。へえ…随分弱いんだなぁ」

女は伏せたままだ。

「飲み慣れて無いようですね。
初めから飲めないとおっしゃられていましたから」

「ふ〜ん。何でなんだろうね、そんな人が。
見た感じ、やけ酒ってのとは違うようだし。
あー、どこかで聞きつけて、案外マスター目当てでだったりして…」

「…滅相もない。
あまり詳しくお話ししてもいけませんが…お誕生日らしいですよ、明日が。
それで何か、変化が欲しかったからと言われてました。

だから飲み慣れていないお酒を飲んで見たくなったのではないでしょうか…」

いつも静かめのマスターの声。更にトーンを下げて話してくれた。

「ふ〜ん、変化ね〜。…心境の変化…か。
余程、何も無いんだ、毎日。

ほら、よく巷の女子が何かに格好つけて、…こだわった振りでしがちな事なのかな」

「…。それ程強く重視している行動では無いのでしょうが。
何となくでしょう。
何かしてみたかったのではないでしょうかね。

…年齢とか、本人にしか解らない事で、思い立つ時って、あるような気がします。
漠然とはしていますが、その気持ち、解らないでも無いです。

こういったお店に一人で来るのも初めてだとおっしゃられていましたから」

「…ふ〜ん」

伏せている女にチラッと目をやった。

ガタッ。

「すみません、帰ります」

「お゙わっ、…びっくりした…」

何だよ…寝てたんじゃなかったのかよ。
じゃあ今の話…ずっと聞かれてたって事か。

いきなりムクッと起き上がった女は、バッグを手に立ち上がった。

「ご馳走様でしたマスター。お世話になりました。
…おやすみなさい」

「もう大丈夫なのですか?
気に入って頂けましたら、是非またいらして見てください」

「はい、有難うございます。
そうですね、また…是非」

一瞬、上から女の少々キツイ視線を感じた気がした。

ヨロヨロと出口に向かっている。

…気のせいだったかな。

マスターがドアを開け見送っていた。


…ふ〜ん。

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