待ち人来たらずは恋のきざし

何だか色んな話をしたような気もするし、しなかったような気もする。
いつの間にかまた男の胸に頭と左手を乗せ腕を回され眠っていたようだった。
目が覚めた時は朝だった。
左手は男に握られていた。

時計を見た。そろそろ起きてもいい時間だ。
朝ご飯を作る為、起こさないように手を離し、そっと布団を抜け出したつもりだった。

「ん?…おはよう。ん゙ん゙…よく眠れた。
もう起きるのか…。
景衣も眠れたか?」

厄介な奴を、もう起こしてしまった…。

「…おはようございます。朝ご飯作ろうと思って。
今朝も和食ですからね?
出来たら声を掛けますからまだ寝ててください」

ベッドに腰掛け、背を向けたまま話した。
明るいところでスッピンははっきり見られたくないから。

「なあ、眠れた?」

もう…寝て。いいからもう少し寝てて。…聞かないで。
応えないといけないから。

「…お蔭様で、眠れました」

「フ。それは良かった」

もう…、お蔭様でって、つい癖で言っちゃったじゃない。…駄目じゃないの。
枕詞みたいな物よ、意味は無いんですからね。


この前の朝のように、普通にご飯を一緒に食べ、何となく過ごし男は帰って行った。
今日は土曜、私は休日なのに…。
どこかに出掛けようと誘いもせず、お昼前にはもう居なかった。
あっさりしているんだか、何なのか。…よく解らない。
でも、言わなかっただけで…仕事があるのかも知れない。


それからも週に、二、三度と、金曜には必ずやって来た。
つまり、週のほぼ半分はうちに泊まっている事になった訳だ。

…考えて見たら恐ろしい。
まだ何もして無いとは言え、この先こんな事が続くなら、長期で考えたら当たり前だけどほぼ一年の半分の日数は一緒に寝てる事になるなんて…。

帰って来たら部屋の前に居て、お帰り、お疲れと迎えられ、一緒に部屋に入る。
当たり前みたいになった。
帰る時間を伝えている訳じゃ無い…ほぼ残業は無いけど、一定って訳じゃない。一体何時から待っているんだろう。

夕飯を食べ、お風呂は順番に入る。
溜めるのはあいつ。
いつも私が1番、あいつは2番。

ご飯の片付けは一緒にする。
泡の付いた食器を洗い流すのはあいつの仕事。

終われば煙草を吸う。
珈琲を飲んで寛ぐ。

たまにスイーツとかお茶請けを買って手土産に持って来る。
自分は甘い物、好んで食べないのに。
なのに、お風呂あがりには必ずと言っていい程、アイスクリームは食べる。

お泊りは、ほぼこの繰り返しだ。
順番は変わっても、大きく変わる事は無い。
どこにもまだ一緒に出掛けた事がない。
寝るときはTシャツとパンツ。これもずっとそのまま。
寒い時期だし、パジャマでなくてもパジャマ代わりになる部屋着でもあった方が絶対いいだろうと思うけど…。
必要なら自分で持って来るだろうと、私からは敢えて気を利かさない事にした。
…何故?
まだ自分のしている事に自分自身が疑心暗鬼だっただから。


ある日、仕事から帰ったら部屋の前に段ボールがあった。
中身は野菜、しかも有機野菜だと書かれていた。

あいつかな…。他に思い当たる節がないから。
だけど差し込まれた紙に、貴生、って書いてあった。

これは名前よね。誰?たかお?
下の名前ならそう読むのかな。
そうなら知らない人って事になるけど。

これ幸い的に先に食べてしまう訳にはいかない。
置く時、部屋を間違えた可能性もある。
確認の取れない物は触らないに限る。
取り敢えず、この状態のまま、あいつが来たら聞いてみようと思った。


案の定、野菜はあいつが置いた物らしかった。

「あれ?名字言ってなかったっけ?
間違いないから大丈夫だ。
これで、たかきって読むんだ。濁らないから言い難いだろ」

「…貴生創一朗さんなんだ」

「そうだ。毎回、ご飯、食べさせて貰ってるから、使ってよ、これ。
美味いと思うよ」

これはこれで律儀なところはある人なんだ…。
毎回当たり前みたいに食べられているだけより、気は遣ってくれているって事なんだ。
これだけあったら暫くは何も要らない。
私も少し気を遣ってみますか。

「好きな物は何ですか?
あ、ご飯のメニューです。
いつも何も聞かずただ作ってるから」

今まで特に何も言われた事は無い。
毎回食べて、美味しかったと言ってくれ、リクエストされた事は特に無い。

「…ハンバーグとか?」

「ハンバーグ?」

「ああ。変に凝ったりしてない普通のやつ」

「デミグラスソースの?」

「それは和風でおろしでもいいんだ。
とにかくハンバーグ自体に何か入れたりとか、アレンジしてない物がいいんだ」

「解りました。そのうち作りますね」

好きな物は…オーソドックス。典型だった。
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