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第17話

10月30日(日)PM8:30。
 池田駅前で馬場を見送った後、三人は同じ列車に乗り八雲駅に降り立つ。現実に犯人はいないのだが、事件解決の最終フォローも兼ねて彩花の住む駅まで見送ることにしたのだ。
「今まで本当にありがとうございました」
 駅の改札前で深々と頭を下げる彩花を、晶は肩を掴み無理やり起こす。
「そんな仰々しいお礼なんていいよ。まだリピートが解決したかどうか断定できないでしょ? だいたい、あたしと彩花はもう友達なんだしそんな堅苦しいお礼なんていいって。お礼は八雲駅前にある白露家のプチシュー六パック入りでいいよ」
 晶の注文に彩花は含み笑いしながら笑顔で頷く。
「ったく、思いっきりお礼期待してるし。晶の注文なんて無視していいからね、小林さん。晶は晶で今回の事件を楽しんでた部分もあるんだから」
 非難する真に晶は厳しい視線を向ける。
「ともかく今日はもう遅いから、また明日学校で会おう」
 真のセリフに彩花は少し考えた後口を開く。
「また明日、か。本当の意味でこのセリフを聞けるなんて思わなかった。晶と真さんには本当に感謝してます」
「さっきも言ったけど、まだ完全にリピートが無くなったと断定できないんだよ? だから、もしリピートしたときは真に文句言ってね」
「おい」
「当然でしょ? 桜の木救出作戦の企画立案は真なんだから。何か異論ある?」
「ぐっ……」
 さっきのお返しとばかりに晶は真を見てニヤリとすり。
「まっ、そんな訳でしばらくはちょっと様子見てリピートの有無を報告して。あたしか真はだいたい毎日生徒会室にいるから」
「分かった」
「じゃ、また明日学校でね」
「うん、また明日ね」
 彩花は笑顔で手を振りながら去って行く。その姿が見えなくなると真は溜め息をつき、ずっと言いたかったセリフを吐く。
「で、どんな無茶したんだ? 半日で丸武建設動かすなんて普通じゃ有り得ない。馬場さんに誘拐事件まででっちあげてたんだ。かなり無茶したんだろ?」
 真の真剣な表情をしばらく見つめた後、晶はヤレヤレというふうなポーズを取る。
「真とあたしはここ一年以上、一緒に事件を解決してきた。だから分かってるはずだよ。あたしが目的解決のために手段を選ばないということを」
「そんなことは百も承知さ。だから、今までは晶の行き過ぎる部分を往々にして僕が抑えてきたし、違法行為がないようにしてきた。しかし、今回のケースはかなりの無茶、違法行為がなければできなかったはずだ。大丈夫なのか?」
 問い掛けに晶はしばらく黙り込んでいたが、ホームに入って来る茶屋咲駅方面の列車に目をやり停車位置まで歩き出す。日曜日の夜という時間帯のせいか車両内にはパラパラとしか乗客は見当たらない。
 周りに乗客の少ない座席を探し、晶はさっさと座席に座る。真も黙ってその後を着いて行き向いの座席に座る。暗闇の車窓からは八雲の街の灯が点々と入ってくる。この灯の元、きっと彩花は軽い足取りで帰宅しているのだろう。しばらく沈黙を保っていたが晶の方からそれを破る。
「真はさ、いつも、ほんのちょっとの押しがないのが弱点だと思う。だから後一歩というところで行き詰まる」
 突然放たれた脈絡のないセリフに真は言葉を返せない。
「真は良くも悪くも常識を持ちすぎてるってこと。コロンブスの卵って知ってる?」
「何かの物事をやり遂げた後を見た場合それは簡単に見えるが、最初にそれを成し遂げることは難しいということわざだろ。それが何だ?」
「ふ~ん、あたしはぶっちゃけそんな難しい意味は分からない。でもね、卵を立てて見せろと言われたら、迷わず卵の尻を潰して立てれたと思う。真は自分でそれができると思う?」
「それは……」
「多分無理だと思う。だって、明日までに桜の木を移転しなければならないという命題が目の前にあって、移転する方法を思いつかなかったんだから」
「それは当たり前だろ? 公共事業は動かせない。さらに移転に伴う時間も資金もない。手の打ちようがないじゃないか」
「卵なんて丸いんだから立つ訳ないじゃないか! って言ってるのと同じだね。そこが真とあたしの違いなんだよ」
 真は晶のセリフで言葉に詰まる。
「あたしなら、まず公共事業を止めさせることや先延ばしにさせる方法を考えるよ。例えば工事関係者の車両をすべて使えないようにするとかしてね。ま、それは無茶だから今回はやらなかったけど、最終的にはそれくらいのことをする覚悟がある」
 晶は外の景色を眺めながら持論を展開する。
「今回のケースでは、桜の木を撤去する建設会社が丸武建設という偶然があったからそこを利用して事なきを得たけど、もしこれが他社の建設会社で融通がきかなかった場合、真ならどうする? さっき言ったような妨害工作思い付く?」
「いや」
「でしょ」
「だが、それこそ違法行為だ。そんな無茶をしてたら大変なことになる」
「大変なこと? 具体的になに?」
「業務妨害による損害賠償を請求されたり、下手したら訴訟も有り得る」
「損害賠償というけど、それも程度によるでしょ? 例えば車両のキーをすべて隠しただけとかならいたずら程度で済むし訴訟も有り得ない。真は考えが大袈裟で杓子定規なんだよ。あたしは車両を破壊してまで工事を止めようなんて考えてないの。今回のケースなら月曜までというタイムリミットの先延ばしをしつつ、その間に移転の作戦を考えるってこと。時間がないなら時間を作るかリミットを延ばす、費用がないなら費用を作るかタダでする。真からしたら無茶かもしれないけど、あたしの中ではいつも答えはシンプルなの」
 晶の回答に真は何も言えない。
「今回あたしが実際にしたことは『大事な友達が監禁されている』というセリフでおっちゃんに協力を申し出たことと、おっちゃんが個人で持っていた先の丸武事件に関わった人物の内部資料を利用するという二つの点。その内部資料をちらつかせつつ、今回の監禁事件への捜査協力という名目で丸武建設の社員に依頼したの」
「それじゃあやっぱり事件のでっち上げと恐喝じゃないか」
「どこが?」
「どこがって、まず小林さんは監禁されちゃいないだろ?」
「うん、されてないね」
「うん、って……」
「だって、あたしは『彩花が監禁された』なんて一言も言ってないよ。あくまで『大事な友達が監禁』だから」
「はぁ?」
 言っている意味が理解できず、真は首を捻る。晶はニヤリとして話を切り出す。
「ねえ、真って『キャプテン翼』ってサッカー漫画知ってる?」
「ああ、詳しくは知らないがタイトルだけなら」
「じゃあ主人公の大空翼の口癖って知らない?」
「分からないな」
「それはね『ボールが友達』ってセリフなの」
「なるほど、サッカー漫画だからありそうなセリフだな。って、お前まさか……」
「あたしの友達は桜です! な~んてね」
 晶はニヤリとしながらそう答える。真はガックリと首をうなだれる。
「桜の木という友達が、丸武建設のフェンスという檻の中に監禁された。普段から桜を友達と思っている晶ちゃんはそんな友達を救出するために立ち上がった! みたいな感じで受け止めて貰えれば幸いです」
 晶のあまりにも強引なこじつけに真は顔を上げられない。
「丸武建設の社員に関しても、恐喝なんてしないよ。あくまで相手の任意の協力を申し出てるんだから。ま、協力の見返りは内部資料だけどね」
 真はそのセリフを聞いてさらにうなだれる。
「と、まあ今回の事件であたしがしたのはこんなとこ。あ、後は兄さんに漫喫からメールを二回送ってもらったくらいかな。『オマエの親友を監禁した』というのと『駅前にて開放』という二通。どっちも特定されないだろうから足付かないけどね」
「なんかもうあれだな。晶のすることは型外れをさらに外れて異常だよ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 真はもう苦笑いをするしかない。ちょうどそこへ茶屋咲駅到着のアナウンスが流れ晶が席を立つ。
「じゃ、これから佐々木先輩のところにお礼言いに行くから、また明日ね真」
 さっさとドアに向う晶に、真は答えの分かりきっている質問を最後にする。
「なぁ、晶」
「ん?」
「桜の木とはいつから友達だったんだ?」
「それはもちろん……」
「もちろん?」
「昨日から」


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