repeat
第18話

10月31日(月)AM8:00
 昨日までの陽気な気候とはうってかわり、今日の空はどんよりと雲のネットがかかっていた。そんな空を気にもせず、晶はいつものようにネットルームから紅葉の廊下を眺めている。一時限目の授業開始が九時ということもあり、登校する生徒の足取りはまだゆっくりしている。
 そんな生徒の中に晶はよく見掛けるフード姿の彩花を見つける。彩花も晶に気付いたようで笑顔で手を振っている。この様子から察するに、今朝リピートは起こっていないのだろう。
 しばらく待っているとフード姿の彩花がネットルームに入ってくる。荒い息づかいからして、ここまで走って来たのだろう。
「おはよう、晶!」
「おはよう。リピート、しなかったみたいだね」
「お陰様で」
「昨日あたしにリピートの相談をして、今朝リピートしなかったということから考えれば、リピートはもう解決したと判断していいかもしれない」
 晶の説明に彩花は頷く。
「それにしても、びっくりな理由だったね。私が小さい頃から見ていた桜の木が、助けを求めてリピートを与えていたなんて」
「まあね。でも、この世に説明出来ない出来事なんてごまんとある。人間の存在自体不思議の宝庫なんだから、リピートがあっても不思議じゃない」
「リピートという不思議な体験をした今、その意味はすごく分かる。この一か月は私にとって半年分くらいの長さに感じたから余計に」
「あたしなら耐えられない状況だよ。毎日同じ日々なんて刺激がなさすぎるもの」
 ヒラヒラ舞い落ちる紅葉を眺めながら晶は語る。彩花も同じようにその光景を感慨深げに見つめる。桜の季節とはかけ離れてはいるが、紅い葉の織り成す舞いも悪くはない。
 晶の性格から考えると花より団子で、自然を楽しむ姿は似合わないが、そんなギャップが晶らしさの一つなのかもしれない。
「あっ、そうそう。白露家のプチシュー買ってきたよ。朝一でね」
 彩花の思い出したようなこのセリフを聞いた瞬間、晶の視線は紅葉から彩花のカバンに向う。
「反応早。団子があればやっぱり花より優先なのね……」
「当たり前でしょ? 花じゃお腹は満たされないもん」
「確かにね」
「さっ、早速一緒に食べようよ。甘味は出来たてのうちに食べろ! が久宝家の家訓だから」
「今晶が考えた家訓でしょ? ホント晶らしいんだから」
 頼もしくも掴みようのない晶を彩花は微笑ましく感じる。プチシューの入っている箱を開けると中には六個のシュークリームが丸い容器に盛り付けられている。
 白露家名物とまで言われているこのシュークリームは、サクサクの生地の中に入っているバニラアイスとカスタードと生クリームのトリプル構造がウリだ。
 アイスを中層に使用し、高層と低層に両クリームを用いうまくアイスを包んである。このトリプル構造の虜になっている女性が連日並んでまで買っており、晶もそのうちの一人だったりする。
「う~~~~ん、やっぱ白露家サイコー! 通常のシューでなく、一口サイズのプチシューというところがあたしの譲れないこだわりなのよ」
「晶ってホント甘いもの好きなんだね。なのにスタイルいいし。ちょっと羨ましい」
「そう? 彩花もスタイルいいじゃん。それより、ホントに全部食べていいの?」
「いいよ。私は朝ご飯食べてお腹いっぱいだし。出来たてのうちに食べてもらわないと、晶の家訓に背いちゃうでしょ?」
 彩花は苦笑いしながらシューの箱を晶の前にすすめる。
「じゃ、遠慮なくいただきます。真とか来たらまた何か小言言われそうだし」
「小姑じゃないんだから……」
 彩花がツッコミを入れようとしたところへ、入口のドアが開き真が入ってくる。
「あら、ホントに来ちゃったよコレ。取りあえずお宝を隠さねば……」
 晶はパソコンの裏側にプチシューの箱を隠し、真に対し臨戦態勢を整える。
「おはようございます、真さん」
 立ち上がって丁寧に挨拶をする彩花に真も挨拶を交わす。しかし、今日の真はどこか覇気がない。いつもと違う雰囲気を察した晶が素早く機転をきかす。
「あっ! ごめん彩花。今日は真から生徒会に挙がっている案件を聞く約束してたんだ。結構混み合った内容だからちょっと席を外してもらえるかな?」
「え、そうなんだ。うん、じゃ、また後でね」
「うん、また後で」
 彩花は真に会釈をしてからネットルームを後にする。彩花が去ったのをしっかり確認してから晶は話しかけてくる。
「何があったの? いつもとは様子が違う」
 晶の問いに真は一言つぶやく。
「リピートしたみたいだ」
「リピート? それはないよ。彩花はリピートしなかったと言ったし、嘘をついているような感じじゃなかった。真、寝ぼけてんじゃないの?」
 晶は非難のまなざしを真に向けるが、真は相変わらず浮かない表情をしている。その雰囲気から晶は思い付いた一つの考えを言う。
「リピートしたって、まさか……、真自身?」
「ああ」
「冗談、じゃないよね。真がこんな変な嘘をついたりはしないし。念のために聞くけど、リピートしたことを立証できる?」
「小林さんがさっき持ってきた白露家のプチシュークリーム六個入りの箱がそのパソコンの裏に隠してある。晶が二個食べたから中身は後四個だ」
「当たり。リピートしたの本当みたいだね。原因に心当たりは?」
「今朝起きてからずっと考えているんだが、全く見当がつかない。桜の木を移転して小林さんのリピートが止まり、今度は僕がリピートするなんて理由が考えられない」
「あたしも桜の木の移転には関わったんだし、真だけじゃなくあたしもリピートするのならまだ話も分かるけど、真だけがリピートするとはちょっとややこしい展開だね」
「ちょっとどころかかなり厳しい展開だよ。解決だと思ったことが新たな問題を生んでるんだからな」
 真は元気のない返事をして溜め息をついている。そんな真を見て晶は腕組みをしながら思考を巡らせ始める。そこへクリアファイルを小脇に挟んだ健が現れた。
「おっ、久宝じゃないか。珍しいなこんな時間に会うなんて」
「あ、おはようございます会長」
「おはよう。ん? 草加、元気がないようだがどうかしたのか?」
 いつもと違う真の雰囲気に健も気付く。
「すいません。今日はちょっと体調がすぐれなくて……」
「そうなのか、今日は例の案件で進展があったからその報告をしたかったんだが、また日を変えてにしよう」
「すいません会長」
「いや、気にしなくていい。身体には十分気をつけるんだぞ。じゃ」
 真の身体を配慮してか健は長居をせず部屋を後にする。
「矢吹会長って言葉はキツいけど優しいところあるよね。探偵事務所まで資料を届けにきてくれた佐々木先輩も然り、茶屋高生徒会の半分は優しさでできてるのかもね」
「ああ……」
 自分のボケに対して気の抜けた返事をする真に、晶はムッと眉間に皺を寄せてから頭をグーで思いっきり殴る。
「痛っ、何のつもりだ!?」
 真は怒ってにらむが、晶は平然としている。
「目、覚めた?」
「殴られなくても目はとっくに覚めてるよ」
「じゃあ、今朝起きたのは何時?」
「いつも通り六時半だ」
「あたしは毎朝五時には起きてる」
 真は晶が何を言いたいのかを黙って待つ。
「人間の脳は、起床後三時間以上経たないと本来の機能を発揮できないの。つまり、真の脳はまだしっかり起きてはいないということ。早くて九時過ぎまでは現状を把握できない。ま、甘いものを食べれば多少は変わるとは言うけどね。とにかく、リピートの話は昼休みまでおあずけ。昼休みに生徒会室で待ってるから、頭を冷やしてから来て。じゃ」
 晶は一方的に言うとさっさと席を立ち、シュークリームの入った箱を真の前に置き部屋を出て行く。取り残された真はジンジンと痛む頭をさすりながら白露家のマークの入った箱を複雑な気持ちで眺めていた。



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