行雲流水 花に嵐
「そうだな。闇討ち三人掛かりで歯が立たないようじゃ、どう足掻いたって無理だ」

「だ、だから。旦那のことは諦めるからさ、俺をそっちで使ってくれよ」

 ふ、と宗十郎は息をついた。
 言われたことも満足にこなせない上に、忠義心の欠片もない。
 保身のためなら、とっとと寝返る。

「まぁ俺も人のことは言えんがな。その泥臭さ、嫌いじゃねぇぜ」

 宗十郎だって、要蔵に命を懸けているわけではない。
 単なる雇い主だ。
 いろいろ世話になっているので、優先順位はその辺の者より上だが。

「だけどお前を使う利が、俺には見えねぇ」

 ぼそ、と言った言葉に、え、と竹次が顔を上げる。

「お前はもう用済みだよ」

 宗十郎の刀が、竹次の胸を貫いた。
 驚いた顔のまま、竹次がゆっくりと土間に倒れ込む。

「やれやれ。突きはつまらねぇな」

 引き抜いた刀を竹次の着物で拭い、宗十郎は納刀しながら立ち上がった。

「でもあんまり血を撒き散らされても、後の始末が大変だ」

 お楽が言ったとき、かたりと小さな音がした。
 振り向くと、おすずが障子に縋り付いている。

 宗十郎と目が合うと、びくりと身体を強張らせた。
 どこから見ていたのだろう。

「おぅおすず。とりあえず、お前の仇は取ってやったぜ」

 軽く言い、宗十郎は部屋に上がった。

「こ、殺したの?」

「ああ」

 何てことのないように言う宗十郎から、おすずは少し身を引いた。
 お楽も部屋に入り、茶を淹れる。
 今しがた人を斬ったとも思えない、落ち着いた態度だ。

 宗十郎のことを慕ってはいても、彼のことを何一つ知らないおすずは、身体を固くしたまま布団の上で小さくなった。
 宗十郎の陰の部分を見た気がしたのだ。

「親分のところに行ってくるかな。死体の始末もあるし」

 茶を啜りながら、のんびりと宗十郎が言う。

「そうだね。あんなものをいつまでもそこに置いておくのはご免だよ。けど旦那、旦那はここにいな。あちきが行く」

 言いながら早くも立ち上がるお楽に、宗十郎が訝しげな目を向ける。
 どうやらおすずと二人でここに籠っているのも飽き飽きのようだ。
 まだそんなに経っていないはずなのだが。
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