行雲流水 花に嵐
「じゃあ行ってくるよ。飯は一応焚いてあるからね」

 宗十郎が止める間もなく、お楽はさっさと出て行ってしまう。

「……何だ、あいつ」

 呆れたように言うと、おすずがちらりと土間のほうを見た。

「そりゃ、死体が同じ家の中にあったら逃げたくもなります」

「あいつはそんなんじゃねぇけどな……」

 指を落とすのを喜々として覗き込んでいたお楽が、そんな繊細なわけはない。

「あの、上月様」

 不意におすずが、意を決したように宗十郎に身体を向けた。

「上月様、どういったお方なんです? あたし、上月様のこと、何も知らない」

「知らねぇでいい」

 素っ気なく言う。
 が、おすずは、ずい、とさらに身体を寄せた。

「上月様、危ないことして口を糊してるんですか?」

 宗十郎は首を傾げた。
 確かに宗十郎は、要蔵からの要請で動く。
 それは決して安全とは言えない仕事ばかりだ。
 用心棒なのだから当たり前なのだが。

「……牢人の仕事なんざ、ある程度は危険なもんだ」

「つ、罪のない人を斬ったり……してないですよね?」

「おいおすず。お前、野郎に罪がないとでも思ってるのか?」

 土間を指して宗十郎が言うと、おすずはまた、びく、と身体を震わせたが、ぶんぶんと首を振る。

「そうじゃないです。で、でも、実際殺されると……何だか……」

「可愛いお前を弄んだ奴だぜ。のうのうと生かしておけるかよ」

 実際のところは、そんなことどうでもいいのだが、宗十郎はとりあえず、おすずを落ち着かせるためそう言った。
 あまり自分のことに突っ込んで欲しくなかったのもある。

「上月様……。あたしのために?」

 うるうると目を潤ませ、おすずが倒れ込むように宗十郎に抱きついた。
 世間知らずな田舎娘は、あまり人を疑うことがない。
 好いた男であればなおさらだ。

---ま、馬鹿であるから都合がいいんだがな---

 胸に縋り付くおすずを撫でながら、宗十郎は密かにほくそ笑んだ。
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