行雲流水 花に嵐
---ま、ここにゃ若い男なんざ来ないだろうしね---

 ここは亀松がこれと思った人間しか来られない。
 それは亀松にとって利になる人間だ。

 金があるか、権力があるか。
 もしくはそのどちらもか。
 となると、おのずと年齢も上がる。

 もちろん表向きは単なる船宿なので、船宿としての客は普通にいるが、そういった者には一階だけで船宿として接客する。
 ここに女子がいるとは思わないだろう。

---じいさんばっかり相手にしてたんじゃ、そりゃあたしに夢中になるわよね---

 そこを見越して、巧みに玉乃の相手をしてきた。
 宗十郎と違って、片桐は女子の扱いも上手い。
 女心がわかるから女言葉というわけでもないのだろうが。

「じゃあ片桐様、玉乃を連れて逃げて」

 腕に縋り付いて言う玉乃に、片桐は、おや、という顔をした。

「そんなことしていいの? 見つかったらあんた、簀巻きで宇治川に浮くことになるわよ? 大旦那だって、怒ったら恐ろしいんだって教えてくれたのは玉乃ちゃんじゃない」

 この二日で、大体のことは知れた。
 大旦那、と呼ばれる亀松は、あの福相を利用して子供を攫っていたのだという。

 いかにも人の好さそうな大店のあるじにしか見えない亀松には、子供も周りの大人も警戒しない。
 子供を連れていても目を引くこともないのだ。

 しかも、ここに来てからも怒らせなければ優しいのだという。
 怒ったら怖い、といっても、怒ること自体がそうないらしい。
 他の男衆のほうが、よほど締め付けてくるようで、意外なことに皆亀松に懐いているというのだ。

 上手いことやったな、と片桐は感心する。
 おそらく本当の恐ろしさは見せないのだ。

 恐ろしいところは手下に任せる。
 自分は女子に優しく接する。
 すると女子は亀松に懐き、亀松の言うことは聞くようになるのだ。

「大旦那様に頼んでみてもいいんだけど。片桐様、玉乃身請けしてくれる?」

「身請けも何も。ここって公には遊女屋じゃないじゃない。そういう道理は通らないと思うわ。道理が通らないからこそ、ここの女子は皆攫われてきた女子なんだしね」

 優しいとはいえ、己を攫った亀松を恨むことはないのか、と不思議だったのだが、逃げたりしたら、それこそ男衆に半殺しの目に遭う。
 そこを何くれと手を差し伸べてくれたのが亀松なので、初めの罪は忘れてしまうのだという。

 幼い子供は目先の恐怖のほうが、より深く心に残る。
 無理やり連れ去ったわけでもない亀松には、初めから悪い印象が薄いのだ。
< 111 / 170 >

この作品をシェア

pagetop