行雲流水 花に嵐
「じゃあ、玉乃、大旦那様にお願いしてみる」

「ちょっと。まさかここから出してって頼むつもり?」

「そうよ。玉乃は大旦那様のお気に入りだもの。聞いてくれると思うわ」

「甘いわね~」

 呆れたように言いながらも、片桐は玉乃の肩を抱き寄せる。
 下手に亀松に相談されて、警戒されても困るのだ。
 折角の手駒である。

「お気に入りのあんたを、大旦那が放すと思う? 変にそんなこと言っちゃ、あたしの身が危ういわよ」

「え……」

 一瞬顔を強張らせた後、玉乃はすぐに、激しく身体を震わせた。

「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

「わかってるわよぉ。でもちょっと気を付けてくれなきゃあ、玉乃ちゃんは外を知らないでしょ。外の世界は怖いのよ。色町の遊女はね、勝手に足抜けなんかしちゃ、冗談抜きで簀巻きなのよ? さっきのだって脅しじゃないわよ。こういう世界は、一旦入ったら出られないと思わなきゃ。ましてあるじのお気に入りでしょ? お気に入りに逃げられたとあっちゃ、二人揃って簀巻きどころか八つ裂きよ。大人しくしてりゃ、ゆくゆくはあるじの奥方になれるかもしれないのに、そんな危険を可愛い玉乃ちゃんに冒させるわけにはいかないわ」

「で、でも玉乃、大旦那様の奥方よりも、片桐様の奥方になりたい」

 涙の溜まった目で、玉乃が訴える。
 そんな玉乃を、片桐はぎゅうっと抱き締めた。

「あたしのためなら、命懸けで大旦那を裏切れる?」

 片桐の腕の中で、玉乃がこくりと頷く。

「……ま、心配しなくても、そんな危険なことさせないわよ」

 ぱ、と明るく言って、片桐は玉乃を離した。
 が、すぐに玉乃が抱き付いてくる。

「片桐様。玉乃は本気よ。玉乃、片桐様のためなら何でもやるわ」

「ふふ、ありがと。でもあたしも玉乃ちゃんは可愛いの。あたしの大事な玉乃ちゃんが、危険な目に遭うようなことは、したくないのよ。だから、玉乃ちゃんはあたしの質問に答えてくれればいいの」

 言いつつ片桐は、玉乃を布団に引き入れた。
 初日はさすがに警戒していたのか、襖の向こうに聞き耳を立てている気配があったが、その後はない。
 片桐が玉乃にどっぷり嵌っている風に振る舞ったため、安心したようだ。

 もっともそうなるよう、一番の女子をあてがったのだろうが。
 今も特に他の人の気配はないが、念のため情事の中で聞くことにしたのだ。

---こういうことは、宗ちゃんのほうが得意かもね---

 ひそりと思いながら、片桐は布団の中で玉乃を抱き締めた。
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