行雲流水 花に嵐
「あのね。三階の押し入れには、男の子がいるの」

 胸に引っ付いたまま玉乃が言ったことに、片桐の目が光った。

「ええ? どういうこと? 男の子?」

「しーっ。片桐様だから教えるの。こんなこと言ったのがバレたら、玉乃でも大目玉だわ」

 おそらくそれだけでは済まないだろうが。
 今までそこまで酷い扱いは受けたことがないので、実感がないらしい。

「半月ぐらい前かな、に、大旦那様がいきなり連れて来て。さる武家のご子息をしばらく預かるから面倒みるよう、玉乃たちに命じたの。その子が押し入れを寝床にしてるっていうか」

「何で押し入れ……」

 呆れたように言うと、玉乃は首を傾げた。

「玉乃たち、女子じゃない。何か恥ずかしいみたい。見張りの男衆を恐れてるってのもあるかも。だから、とりあえずお部屋代わりになる押し入れがいいかなって。小さいし」

「そうだったの。その子、いくつぐらい?」

「う~ん……。玉乃、子供の歳ってよくわからない。これぐらい」

 言いながら、玉乃は押し入れの前に走って、手で背の高さを示した。
 大きさからして、五、六歳ぐらいか。

 はて、宗十郎の甥がいくつだったか、と考え、片桐は早々に考えるのを止めた。
 考えてみれば、甥の顔も知らない。
 例えここで玉乃が三階に案内してくれて、実際見てみてもわからないではないか。

---特徴ぐらい、聞いておけばよかったわね~---

 とはいえ宗十郎がそこまで甥に詳しいとも思えない。
 見たらわかるだろうが、特徴を聞いたところで答えられないのではないか?

---宗ちゃん、ぼーっとしてるもの。大いにあり得るわ---

 片桐の、宗十郎評価は散々である。

「片桐様、どうしたの?」

 我に返れば、玉乃が覗き込んでいる。

「うん、そういうことなら大丈夫かしらね? そんな子がいるなんて思わなかったし」

「一階のお客さんも、玉乃たちみたいな女子がいるなんて思ってないしね」

「そうね。だから玉乃ちゃん、あたしが帰ってくるまで三階で籠ってて。他の男の相手しないでよ」

 片桐が言うと、玉乃はこくりと頷いた。

「うん、わかった。玉乃ももう片桐様じゃないと嫌。早く帰って来てね」

 胸に縋り付いてくる玉乃を抱き締め、片桐は上に目をやった。
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