行雲流水 花に嵐
「……なるほど。てぇことは、竹次の言ってた商家の旦那って野郎が亀松か!」

 宗十郎が声を上げた。
 どうやって白昼堂々太一を攫ったのかと思っていたが、二段構えだったわけだ。

 一目でヤバそうな遊び人とわかる竹次が屋敷から連れ出そうとしても、当然抵抗するだろうし、騒ぎ立てれば人目を引く。
 そこに優しげな商家のあるじが現れ騒ぎを止めれば、見ていた者も安心してすぐに散る。

「けど、さすがに屋敷前とかじゃ、家中の者がいるだろ。そのまま連れて行くことは出来ん」

「そこまで馬鹿じゃないでしょ。坊の手習いの帰りとかにやったのよ」

「そうか……。まさか商家の旦那が連れ去るとは思わねぇから、見物人も送っていくんだと思って安心するわな。どんな奴なんだ、亀松ってのぁ」

 要蔵も納得したように唸る。
 あれほどの悪名高い亀屋のあるじであるにも関わらず、その片鱗も見せないとは。

 要蔵だって強面だ。
 こういった稼業をしていると、どうしても荒んだ雰囲気が染みついてしまうものだと思うのだが。

「福相で、物腰柔らか。……ま、やっぱり話してると地が出るけどね」

 そう言って、片桐は宗十郎に目をやった。

「坊が今の状況に不満がないのは、お家で可愛がられてなかったんじゃないかと思ってね」

「……うん? どういうことだ?」

「だからね、宗ちゃんがおすずちゃんに甘えるように、坊も遊女に甘えてるほうがお家よりいいっていうの」

 宗十郎の眉間に、深々と皺が寄る。

「俺はおすずに甘えた覚えはねぇ」

「あらあら、自覚がないだけよ。宗ちゃん、寂しがりなんだから、閨ではべったりなんじゃないの?」

 にやにやと片桐が言う。
 要蔵が、はらはらしつつも若干面白そうに宗十郎を窺った。

「俺は別におすずじゃなくてもいい。さっき散々芋臭いとか言っておいて何だよ。どうせべったりするなら、お前の言う特別座敷の遊女のほうがいい」

「そうね。あっちに潜り込んだのが宗ちゃんだったら、どっぷり嵌ってこっちに帰って来ないかもね」

「お前は俺をどういう目で見てるんだ」

「節操ナシの貧乏牢人」

「否定はせんが、お前に言われると腹が立つ」
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