行雲流水 花に嵐
「おっ? 片桐の旦那、どうしたぃ?」

 亀屋の暖簾を潜ると、勝次が驚いた顔で奥から出て来た。

「あっちの人員を、やたらこっちに割いてるじゃない。こっちのほうがきな臭いのに、あたしを呼ばないってどういうことよ」

 不機嫌そうに言い、ずかずかと片桐は階段を上がる。
 何となく、見世の中が騒がしい。
 人が増えたからだろう。

「いや、悪い悪い。何、旦那はあっちにすっかり嵌っちまったみてぇだからよ、あんまり呼び出しちゃ悪いと思ったんだよ。折角向こうに帰ったばっかりだしな」

「えらい気ぃ遣ってくれるのねぇ。ええ、お陰さんで、いい子に会えたわぁ」

 ころころと笑いながら、片桐は二階の廊下で勝次を振り返った。

「で? 何があったのさ? 見世の雰囲気が変わるほど人を集めてるってことは、何かあったんだろう?」

「ああ……。まぁ人員を集めたのは竹次が殺られたから、こっちの守りを固めたってのが正直なところだがな。要蔵が、総出でこっちを潰しにかかるかもしれねぇし」

「そうねぇ。でも人員が集まったら、こっちから仕掛けてもいいんじゃないの? 別に他の手駒があるわけでもなし」

「それがなぁ、獲物が向こうから飛び込んできたのよ」

 にやにやと、勝次が顎を撫でながら言った。
 そして片桐と共に、二階の片桐が使っていた部屋へと入った。

「上月の当主がよ、乗り込んできたのよ」

「当主? へー、さすがに息子を捕られちゃ、黙ってられないってわけ」

「いやぁ、そうじゃねぇんだなぁ」

 小者の持ってきた酒を注ぎながら、勝次が言う。

「奴は遊女恋しさに屋敷を抜け出してきたって言うぜ」

「はぁ?」

 知っているが、片桐は不快そうに眉を顰めた。
 やはり子供よりも女を取った、ということが許せない。
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