行雲流水 花に嵐
「もしかして、上月の当主って、子供を攫われてるの、知らないの?」

「おいおい旦那。攫ったなんて人聞きの悪いこと言わねぇでくれ」

 笑いながら、勝次は杯を傾けた。

「ガキを攫おうとしたのは竹の奴よ。それを、大親分が助けたんだ。大親分は何も無理やり連れて来たわけじゃねぇんだぜ? 竹から助けたら、ガキのほうから寄って来たのよ」

「……まぁいいわ。で?」

 片桐が先を促すと、勝次は、ん? という顔をした。

「その当主を捕まえたってことね? 子供もいるのに、当主まで捕って、こっちからしたらお荷物が増えただけじゃないの?」

「それがそうでもねぇ。上月家としても、当主を捕られちゃ何とかするしかねぇだろ。ガキは最悪見殺しにしてもだな。まぁこれを機に、上月家が要蔵のところに本格的に泣きつくかもしれねぇ。そうなったときの盾よ。依頼主の当主を盾に取られちゃ、要蔵らが束になってきたって手を出せねぇ」

「……なるほどね。それはそうかも」

 ということは、太一はすでに用無しも同然なのではないか?

---玉乃ちゃんは、ちゃんと坊のこと見てくれてるかしら。それにしても、坊が宗ちゃんにどの程度懐いてるかにもよるわね。ていうか、あの陰気な宗ちゃんが、子供の相手なんかするかしら---

 にわかに不安になる。
 やっぱり玉乃を引き入れておいて良かった、と心の中で思い、片桐は杯を干した。

「で、その馬鹿当主はどこにいるの?」

「裏の蔵にぶち込んでるさ」

「武士のくせに情けないわねぇ」

 通常単なる町人が武士を閉じ込めるなどすれば手討ちものだが、ここは世の法の通らない色町である。
 それにしても度を越しているが。

「まぁ刀も持ってなかったしなぁ。丁重に、蔵へご案内したぜ?」

 さもおかしそうに、勝次が笑う。
 さすがに片桐の目も胡乱になった。
 誘われるようにふらりと出て行った、とは聞いていたが、武士ともあろうものが、刀も持たずに家を出、蔵に入ったというのか。

「手荒なことは、してねぇよ?」

「あああ……。まさかここまでとはねぇ。上月の当主って、ほんっと馬鹿なのね」

 宗十郎が呆れるのも無理はない。
 全くもって正反対の兄弟だ。

 うんざりと頭を抱え、適当なところで片桐は座を立った。

「そんな大きな駒を手に入れたんなら、こっちは心配ないわね。自分で来たんだったら逃げないだろうし。じゃ、あたし、あっちに帰るわ」

「そうかい。ま、あっちは人少なだしな」

 勝次も特に不審に思うことなく言い、片桐を送り出した。
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