行雲流水 花に嵐
「ああ、お楽姐さんに頼むって手もあるな。どっちにするか、親分と相談するか」

「馬鹿っ。そんな知らない人のところに行かされちゃ、おすずちゃんも不安でしょ」

「お楽は知らねぇ人じゃねぇ。ほれ、お前の手当てをしてくれた奴だ」

 じと、とおすずが恨めしげに宗十郎を見る。
 やけに意味ありげに宗十郎に絡んでいた女のところに世話になるというのか、と内心穏やかでないのだ。

 お楽はおすずの心を知った上でからかっただけだが、男相手の仕事をしていたわりに、駆け引きの苦手なおすずは、そこまで見抜けなかった。
 見抜けたところで、嫉妬はしただろうが。

「そうじゃないでしょ。全く何言ってんのかしら。まぁあんな陰気で汚い長屋におすずちゃんを連れて行くのに抵抗があるのもわかるけど」

 宗十郎の場合はそんな見栄ではなく、本当に選択肢になかっただけだが、片桐が大きくため息をつきつつ言う。
 宗十郎の眉間に、思いっきり皺が寄った。

「俺の長屋か?」

「そうよぅ。宗ちゃんは、ちゃんとお家があるでしょ。そこに連れて行けばいい話じゃない」

「……お前の長屋は……」

「あたしは元からおたまと暮らす気だったから、早々に明け渡したわよ」

 にやにやと、おたまの肩を抱きながら言う片桐を唖然と見、宗十郎はちらりと横のおすずを見た。
 おすずはそれを期待していたらしい。
 恥ずかしそうに俯いている。

「けど、あそこから色町は、結構遠いぜ」

 弥勒屋に通うのも大変だろう。
 が、おすずは嬉しそうに顔を輝かせた。

「あ、あたし、上月様と暮らせるなら、それぐらい我慢します!」

 きらきらした目で見られ、宗十郎はたじろいだ。

「良かったわねぇ、宗ちゃん。ま、あの陰気さにおすずちゃんが負けちゃわないかが心配だけど」

 にやにやと言い、片桐は立ち上がると、さぁさぁ、と宗十郎とおすずの背を押して座敷から追い出した。
 ぴしゃんと背中で、障子が閉められる。

「……」

 しばし、じ、と閉められた障子を睨んでいたが、宗十郎は俯くと、はあぁ、とため息をついた。
 そして仕舞屋の引き戸を開ける。

「……そんじゃあ、行くか」

「はい!」

 しぶしぶ、といった足取りの宗十郎に、おすずは明るく返事をして、幽霊長屋への道を歩き出した。


*****終わり*****
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