行雲流水 花に嵐
 座敷に通されて一刻すると、すらりと障子が開いて、おすずが膳を運んできた。

 おすずは二十二になる。
 十八でこの界隈に働きに出てきたものの、右も左もわからず途方に暮れていたところを、危うく裏見世に連れて行かれそうになった。
 そこをたまたま通りかかった宗十郎が助けたのだ。

 助けたものの、この辺りのことを知らない田舎娘をそのまま放置すれば、また同じような奴に引っかかり、裏に連れて行かれてしまう。
 見も知らない娘のことなどどうでも良かったが、一旦助けた手前、不安そうについてくる娘を無下にもできず、飯を食いによく立ち寄っていた弥勒屋に話をしてみたのだ。

 身を売ることになるのは表も裏も同じだが、表はちゃんとした女衒や口入屋の仲介がないと、まず働けないし、裏は地獄だ。
 路地である中町は、正規見世ではないので賃金は安いが、裏で非道な扱いを受けるよりはいいだろう。

 以来おすずは弥勒屋で働くようになったのだ。

「上月様、お会いしたかった」

 宗十郎の前に膳を置くと、すぐにおすずは寄り添ってくる。
 弥勒屋で働くようになったおすずを水揚げしたのも宗十郎だ。
 それから四年に及ぶ馴染みというわけだが。

「久しぶりだな」

 言いながら、宗十郎は杯を取った。
 おすずが、酒を注ぐ。

「前回来てくださったときから、随分経ってますよ」

「懐が寂しかったのさ」

 宋十郎も、毎回女子を抱くわけではない。
 そんな余裕もないし、元々ここには飯を食いに通っていたのだ。
 今でも飯だけ食って帰ることもある。
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