行雲流水 花に嵐
「付けと、身請け代としか書いてねぇな」

「ま、ガキの身代金も含まれてるだろうよ」

「身請け代が、太一の身代金かな。身請けなんざ、こっちが断ればいい話だし」

「それがなぁ、そうもいかねぇ」

 煙管に煙草を詰めながら、要蔵が意味ありげに呟いた。

「その額。太夫かってほどの高額だろ。あんな下等な見世に、そんな上玉はいねぇ。実際の身請け代と、ガキの身代金を合わせてんのさ」

「だから、そこは交渉の余地があるんじゃねぇか? 身請けはしねぇ、身代金だけを払うってな」

「だから、それは出来ねぇのよ。相手の遊女は子が出来ちまってるし、何より上月の若旦那がなぁ、こうなっても執着してるようだぜ」

 ぽかんと、宗十郎は要蔵を見た。
 その顔に、ははは、と要蔵が笑い声を上げる。

「旦那もそんな顔が出来るんだねぇ。ふふ、まぁ驚くのもわかるが」

「驚くというか……。馬鹿じゃないのか」

 何となく、あらゆる修羅場に踏み込みそうだ。

「奥方は?」

「そらぁもう。若旦那の憔悴っぷりは凄まじいぜ。奥方には無視される、嫡男は攫われる。そしてとんでもねぇヤクザ者に金をせびられる」

「全て自業自得なんだが」

「そこがまた凄ぇな」

 また、ははは、と笑い合い、猪口を傾ける。
 宗十郎の実家だが、丸っきりの他人事だ。
 肉親の情など、これっぽっちもない。

「しかし凄い金額だな。一体どれほど通ったんだ? そもそも通ったのが事実なら、金は払うべきだろ。泣きついて来たってお門違いだぜ」

 宗十郎が、紙をひらひらさせながら言った。
 亀屋の悪評は有名だし、要蔵との確執もあるので潰すのは構わないが、上月の兄がただ救われるだけであれば面白くない。
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