差し伸べた手
この事件があり本社からは配置換えが言い渡された。

やはり本社勤務だった。

店長にとって本社勤務はもう辞めてくださいという無言の圧力だった。

それは亜子にもわかっていた。

すぐに辞表を出して会社を去った。

あっけない幕切れだった。

何の為に数年間このお店の為に働いてきたのか、売上を上げるために自分を犠牲にして来たのか、そんな努力は認められず使い物にならなくなれば簡単に首をすげ替えるだけなのか、自分の代わりなんていくらでもいるんだと思うと亜子の心は空洞になってしまった。

店長は亜子をフォーマに誘ってくれたが丁重にお断りした。

体力的にも精神的にも今までと同じように働ける自信がなかったからだ。

そして好きな洋服をこれ以上侮辱したくなかった。

店長は

「来たくなったらいつでも言って。亜子なら大歓迎よ」と言ってくれた。

お店を辞めてから一度店舗に顔を出した。スタッフに謝りたかったからだ。

見慣れたお店に入ると

「いらっしゃいませ」とスタッフが声を掛けてくれたがすぐ亜子だと気づいて

「店長」と笑顔で迎えてくれる。

亜子は体調が悪いときに皆が気遣ってくれた事、売上ばかりを優先させてきつく言ってしまったことを謝るとスタッフ達は首を横に振り許してくれた。

入院中に一番気がかりだった事を片付けて少し胸のつかえが取れたような気がした。

本当に許してくれているかはわからないけれど、謝ることで自分自身の中で区切りをつけたかったのかも知れない。

あんなに一生懸命身体を壊してまで守ってきた店舗なのに、全く未練がないことに少なからず狼狽した。

やはり自分で自分を追いつめていただけなのかも知れない。

同じ境遇でも立場でも上手く乗り切る人間は大勢いる。

考え方一つで世界は変わるのだ。

周りの現状を変えるのではない、心の中を変えるのだ。

もっとスタッフを信頼し苦しいときは助けを求めるべきだったのだ。

一人では乗り越えられないことでも何人か居れば乗り越えられることも多い。

それさえわからなかったのだから店長としては失格だったと思う。

店舗を出て駅まで歩いていると、またいくつかの風景が変わっていることに気づく。

やはりここは変化し続ける街なのだ。
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