江戸女と未来からの訪問者
「花子様、何をなさろうとしているのですか?」

「切腹じゃ。腹を掻っ捌いて、ご先祖様に詫びる」

「どうかやめてください!」

「武士の情けはいらん! 我が絶命するところを見ておれ!」

 四十年と三ヶ月と八日。

 日本人形を作り続けただけの人生じゃった。

 我が子たちよ。立派に奉公するのじゃぞ。

 心残りはあるが、もう後には引けん。

 最期の飯が、池田屋の握り飯で良かった。

 では、さらばじゃ。



「馬鹿!」

 げ、元気一杯殿……。

「花子様が死んだら! 僕はもう生きていけません!」

 元気一杯殿、そこまで私のことを……。

「僕は……僕は……花子様を愛しています! 心の底から愛しています!」

 …………そ、そうであったのか。

 

 父上と母上以外の者で、私に手を上げたのは、元気一杯殿が初めてじゃ。

 まだ頬が痺れておる。じんじん痛むわい。

 ふっ、実に見事な平手打ちであったぞ。

 愛の平手打ちであるな。

 名を馬鹿にして悪かったのう。

 その名の通り、元気一杯じゃ。

 勇気のある殿方様じゃ。

 元気一杯殿のご両親にも謝罪せねばならぬな。

 あっぱれじゃった。あっぱれじゃった。

 ご先祖様の前で醜態を晒したばかりじゃ。

 ここで浮かれてはならんぞ。ならんぞ。
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