江戸女と未来からの訪問者
 あの汝のせいで、池田屋まで二十分も掛かってしまったではないか。

 早く帰って仕事をせねば。

「江戸女様、いらっしゃいませ!」

 大きな声で江戸女と呼ぶでない。町の民が見ておるであろう。

 池田屋のおなごめ。いつもいつも、江戸女と呼びおってからに。

 木之下と呼べ、木之下と。

「ご機嫌はいかがですか?」

 あの汝のせいで最悪じゃ。おまけに腹も減っておる。

 ん、雑炊がないではないか。なんたることか。

「雑炊はどうしたであるか?」

「申し訳ありません。只今、切らしておりまして」

「池田屋はなっとらん! 店長を呼べ! 店長を!」

「江戸女様、ご乱し――――ん!」

 おっと、私としたことが。

 雑炊がないくらいのことで、腹を立ててはいかん。

 仕方ないのう。蕎麦でも食すか。うどんもよいな。握り飯もありじゃな。

 ふっ、なかなか決められぬ。

「お許しいただけますか?」

「許してやろうぞ」

「ありがとうございます!」

 池田屋のおなごめが、嬉しそうにしおってからに。

 握り飯にするか。鮭と昆布と筋子で決まりじゃ。

「三百九十円になります」

 ん、千円札しかないのう。

「釣りは取っておけ。遠慮はいらんぞ」

「ははー、江戸女様、ありがとうございます」

 そんなに頭を下げんでよい。町の民が見ておるであろう。

 また来るぞよ。
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