いつも、雨
「幸せよ。」

強がりではなかった。


涙ぐむ佐那子が愛しくて……同時に、要人は己の不甲斐なさを痛感していた。


どれだけ金を稼いでも、どれだけ会社を大きくしても、ままならない、力が及ばないことが多すぎる。

強引に進めれば軋轢が起きることは、身にしみてわかっている。

しかし、成り行きに任せても、一時的にしか、うまく行かない。

長い目で見て、どう活路を見い出すか……何を優先させるか……。

失いたくないものを必死にこの手に留めておくために、俺は今、できうる限りのことをしている。

持続と成長はこれからの課題だが……ひとまずは、この笑顔を守れれば、それでいい。


佐那子の笑顔に、要人の頬も緩んだ。


「ありがとう。」


なぜだろうか。

彼女といると、不思議なぐらい、感謝の気持ちでいっぱいになる。

損得じゃなくて、もちろん下心なんかでもなくて……。



「私も。ありがとう。大好きよ。要人さんが、大好き。」

ずっとこの気持ちを忘れない。

たとえ、この先……要人さんが、私に興味を失っても……私より若い子と浮気しても……。



佐那子は、現実的な覚悟もしていた。

生まれ育った家は、先祖代々、何よりも家名を大事にしてきた。

二号、三号と呼ばれる女性の存在は当たり前。

小学校の同じクラスには、大叔父の妾宅の娘がいたこともあった。

血縁はあるのに親戚じゃない、厳然たる隔たり。

そんなものが未だに現存するヒエラルヒーから、ようやく佐那子は抜け出せた。



だが、……要人もまた、前世代の封建的な主従関係にとらわれている。

ある意味、正反対の立場からの脱却。

価値観は違わないが、生き方は真逆と言えるかもしれない。




……迷っちゃダメ。

社会と戦う要人さんが、心を癒せる家庭を作ればいい。

佐那子はそう言い聞かせて、どんなにつらい時も笑顔で要人を迎え、送り出すことを心に誓った。




てっきり要人のマンションに帰ると思っていた佐那子は、方向が全然違うことに、だいぶ進んでから気づいた。
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