いつも、雨
てっきり、亡くなった嫂(あによめ)のご実家のお寺の関係のかたがお世話をしてくれるのだと思った。

しかし、原が電話の相手を「社長」と呼んでいるのを聞いて、気づいた。


……竹原だわ。

領子(えりこ)の背筋が無意識にピンと伸びた。



車は、兄の住む天花寺(てんげいじ)邸ではなく、大きなお寺で停まった。

亡くなった静子の実家だ。

広い境内にずらりとパイプ椅子が並べられ、まるでコンサートの準備をしているかのようだ。



「領子。……わざわざ、すまんかったな。」

喪服の兄が、パタパタと扇子で扇ぎながら現れた。


「お兄さま。この度は、何てお悔やみを申し上げ……お兄さま?」


見るからに不快そうな兄の表情に、領子は眉をひそめた。

兄夫婦がうまくいってないとは聞いていたけれど、目の前の兄は、全く妻の死を悼んでいるようには見えなかった。

「あー。領子。キタさん。……あんまし言たくないけどな、……静子は男とドライブしてて事故に遭ってんて。男はまだ意識が戻らんけど、今のところ生きてるらしいわ。男の両親も会葬に来るから。……恭匡(やすまさ)には、内緒にしときたいんやけど……口さがない噂話が恭匡の耳に入らんように、気ぃつけたってくれんか?……すまんな。」


……男と……ドライブ……。

それって、つまり……不倫相手ってこと?


「……そう……でしたか……。わかりました。恭匡くんは、どちらにいらっしゃいますの?」


まだ幼い甥っ子に、母親の死以上に残酷な真実を突きつけない使命感に、領子は奮い立った。


「まだここには来てへんわ。通夜の始まる直前に到着予定や。……すまんな。橘さん達にも、あんまり……その……外聞悪い話やから……」

「わかりました。」


領子は、そう返事して、それから兄に尋ねた。


「お義姉さまのお顔を拝見してきてよろしいですか?……お参りさせてください。」

「……いや、それが……とても、見てもらえるような姿じゃないんや。……損傷が酷くて……」


さすがに恭風もつらそうだ。


「……そうですか……。」


領子は、その場で数珠を手に掛けて、手を合わせて祈った。
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