いつも、雨
領子の姿は既になかった。

4台のエレベーターのうち2台は止まり、1台は上からこちらに下がってきている最中だ。

どんどん上昇している1台に領子が乗っているのだろう。


千秋は何とも言えない心持ちで、数字が上がって行くのを見つめた。


最上階で、エレベーターは止まった。

……このホテルの最上階は、エグゼクティヴフロアだ。

一般人が気軽に借りられる部屋はない。



もしや……やはり何かの会合で、部屋を借りているのではなかろうか……。


祈るような気持ちで、千秋は見上げて……そのまま動けなくなってしまっていた……。




「橘さま?どうかされましたか?」

懇意のホテルマンが声を掛けた。


千秋は慌てて微笑して……咄嗟に、嘘をついた。

「いや、接待に向かった部下に忘れ物を届けたいのだが……状況的に電話をかけて邪魔するわけに行かなくてね。……エグゼクティヴフロアにむやみに立ち入るのも失礼だし……」


無理があるな……。

千秋は自分の嘘の下手さに内心苦笑していた。

電話がダメだと言いながら部屋に行くのは、もっと邪魔だろうに。


しかし、普段からの誠実な千秋をよくよく知っているホテルマンは……都合よく信じた。

「そうでしたか……お取り込み中では、フロントからのお電話も差し出がましいですね。……お叱りを覚悟で、わたくしどもがお届けに参りましょうか?」


「……すまない。社外のかたに託せないんだ。……悪いね。君たちを信頼していないわけではないのだが。……ロビーでは見過ごすかもしれないし、このエレベーターホールで待つしかないか……。」


途方に暮れてそう嘆くと、ホテルマンが提案した。

「では、上のラウンジで待たれますか?」

「……それは……確かに、ありがたいが……」


にこっとホテルマンがほほ笑んだ。

「では、ご案内いたします。」


……普段の行いの良さは、そのまま千秋の信用にプラスアルファされているらしい。


ラウンジでコーヒーを入れてくれた女性に尋ねると、フロア内の部屋はそこそこ埋まってはいるものの、日中はみな出かけているか、チェックアウト後、もしくは、チェックイン前らしく……現在、在室のルームは2室。

……さすがに、どんなヒトが何人ぐらい居るのかまでは聞けず、千秋はしれっと

「うち以外にもお客さまがいらっしゃるんですね。……部屋を間違えてノックしては大変だ。こちらで待たせていただいて、助かりました。ありがとうございます。」

と、嘘を重ねた。
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