いつも、雨
2時間後。

ドアが開き、廊下をヒトが通る気配が近づいて来た。

ラウンジの受付から女性が千秋に目配せした。

千秋は会釈して、席を立った。


人影がエレベーターホールに移動するのを待って、千秋はラウンジのドアからそっと顔を出した。


ちょうどエレベーターのドアが閉まるところだったが、領子は乗らなかった。


……閉まり掛ける隙間の向こうに、確かにヒトがいた。

領子で全然見えなかったが……男のような気がする。


程なく2台めのエレベーターが上がってきた。

ため息をつき、顔を上げた領子がエレベーターに乗り込んだ。


千秋は、駆け寄って、閉まりかけたドアに腕を差し入れた。

エレベーターのドアは異物に反応し、再び開いた。


身体を割り込ませると、領子が目を見開いて千秋を見ていた。



……目が赤い……。


久しぶりに見る、少女のような無防備な顔に、千秋は呆然とした。



間違いない。

領子は男と密会していたのだ。



「……領子さん。……彼が、百合子の本当の父親なんだな。」

疑問形ではなく、確認でもなく……断定するように、千秋は言った。


嘘で本音を誘発させようとしたわけではなかった。

領子の表情を見たら、もう、そうとしか思えなくなってしまった。

何度も打ち消してきた疑問が、ハッキリとした理由を伴って、答えとして現れた。



領子は取り乱さなかった。

動揺はしているようだが……見苦しい言い訳はしなかった。

こくりとうなずいて、低い重い声で、ただ一言だけ。

「申し訳ありませんでした。」



嫁がとっくに覚悟していたことを、千秋は悟った。


「……できたら、嘘でも否定してほしいし……せめて、言い訳してくれないか。」

こんな時でも、千秋は声を荒げなかった。


領子は敬愛する舅をじっと見つめてから、首を横に振った。

「わたくしは、これ以上、お義父さまを欺くことはできません。お義父さまの愛情と信頼を裏切って……どれだけ謝っても許していただけることではありません。」

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