いつも、雨
思わず後ずさりした要人の恐怖には全く気づかず、佐那子は珍しく声をあげて泣きじゃくった。



……こんなに泣くなんて……。


早くに両親を亡くした要人には想像しかできないが……やはり、親との絶縁というのは……ものすごく無理をしていたのだろう。

やっとそのことに思い至り、要人は改めて、佐那子いじらしさに感謝の念を抱いた。


「通夜は明日なんだね。……行くだろう?私も一緒に行くから。……子供たちも……」


領子さまと約束している今夜じゃなくてよかった……。


こんな時でもそんなことを考えていた要人は、佐那子がぶるぶると首を横に振ったのを見て、一瞬ぎくりとした。


疑心暗鬼とはよく言ったもので、要人は佐那子の一挙一動が気になって仕方ない。

しかしその都度、佐那子は無邪気に、温かい心で、要人をすっぽり覆い尽くした。


……いや。

今は、俺が……亡くなった佐那子の父親の分まで、支えてやるべきだ。



「来るなと言われたのかい?」


そう尋ねると、佐那子はまた新たな涙を盛大に流した。

「……何も……聞いてない……。今、知ったわ。……あなたから聞いて……。」


要人は、たまらない気持ちで妻を抱きしめた。

「……そうか……すまない。俺のせいで、つらい想いをさせて。お義父さまも、佐那子にも、孫にも、逢いたかったろうに……すまない……。」


佐那子は、ひときわ高い声をあげて、泣いた。



……とても、離婚を切り出せる状態ではなかった……。






その日の夕刻。

何食わぬ顔で、再び東京へ行き、コンサート会場から連れ出して、領子を抱いた。

どれだけ妻が不憫でも、やはり、要人は領子が心配で心配でたまらない。


「わたくしは、大丈夫よ。ありがとう。……それより……あの……お兄さまから聞いたのですけれど……」


……恭風さま……そうか……。

既にお聞き及びなら、仕方ない。


要人はなるべく淡々と言った。
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