いつも、雨
すっかりあたりが暗くなった頃、ようやく通いのお手伝いさんが恭風(やすかぜ)と共に戻って来た。

「恭風さま。大奥さまは……。」

「うん。落ち着いたみたいや。意識も、少しだけ戻ったみたい。すぐまた寝はったけど。」

「……そうですか。」

あとは時間薬なのだろうか。

「悪いけど、竹原、荷物を届けてやってくれるか?彼女はとっくに超過勤務やろうし。」

「うん、わかった。……あ、一応、みなさまの寝具の準備と掃除はやっといたけど。足りひんもんあったら言うてください。届けます。」

「ラッキー。僕がせなあかん思て先にこっち来てん。竹原に手伝ってもらおうと思ってたけど、もうやってくれてたんや。ありがとうな。さすがやなあ。」

恭風はうれしそうにニコニコしていた。




要人(かなと)が入院セットを持って病室に行くと、領子(えりこ)独りが祖母に付き添っていた。

「……あ……」

領子は要人を見て……瞳いっぱいに涙を溜めた。


「領子さま……。旦那さまと奥さまは?」

とても正視できず、要人は荷物をベッドサイドのテーブルに置いて、解きながらそう尋ねた。


……荷物を放り出して……涙を拭ってやりたくなった……

いや、それどころか……抱きしめたいと、思った……


領子は、盛大に鼻をすすりながら答えた。

「……先生に呼ばれて、席をはずしてるわ。」

「そっか。……大奥さま、何か、お話しはりましたか?」

「……声を出してはいらっしゃいましたが……言葉には聞こえなくて……」

そこで詰まって、領子はしくしくと泣き始めてしまった。


……言語障害?


「領子さま。……ティッシュを……。」

要人は荷物の中からまっさらの箱ティッシュを出すと、開封して、取りやすいように少しだけティッシュペーパーを引き出してから、領子に向かって差し出した。


領子はティッシュではなく、要人の腕にしがみついた。


うわっ……。

ふわりと、イイ香りが要人の鼻孔をくすぐった。

安物のシャンプーや、けばけばしい香水とは違う……もっと穏やかで優しい香り。


これはいったい……何の香りだろうか……。
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