いつも、雨
硬直している要人を、至近距離で領子が見上げた。

「おにいちゃん……。おばあさま、もう……お独り暮らしは出来ないって。……施設に入るか……東京に来ていただくか……。」

瞳も、かわいい鼻の頭も……唇も赤い……。

うまそう……と、思ってしまう邪(よこしま)な心を、要人は無表情のまま押し止めた。


ティッシュを引き抜いて、領子の目元にそっと宛がった。


「施設はともかく、御家族とご一緒のほうがいいやろうな……確かに……。」

特に何らかの後遺症が残るのなら、とても今までのように、通いのお手伝いさんだけで暮らすわけにはいかないだろう。


「……おばあさま……でも、東京のお家は、お嫌いなんですって。……借り物だから、って……。」

「ああ……。なるほど。」


天花寺家は、各地に所有していた家や土地を切り売りして暮らしていた。

今では、大奥さまがお住まいの京都の家だけが天花寺家の持ち物になってしまった。

ご家族が住まっている東京の古いお屋敷は、奥さまの実家がご親戚からお借りしていると聞いている。

……大奥さま的には、おもしろくないだろう。


しかし……。 

このままだと、京都のあの邸宅も、そのうち手放さなければいけないだろう。

日々の暮らしは、何とかごまかしごまかしやっていけていても……、大奥さまが亡くなられたら、あの家の相続税を払えるとは思えない。

建物は古い立派なものではあるものの、かなり手が入っているので、文化財にはならない。

単に、御所に面した土地としてしか値打ちはないのかもしれないが、それでもかなりの広さがあるのでけっこうな額になりそうだ。



500坪だっけ。

……さすがに、俺の金で買える額ではないな。

いや、でも……。

恭風さまがまともに働くつもりがあるとも思えない。

もしかして、いや、もしかしなくても……あの京都の家は、大奥さまのご存命中しか維持できないということか。

……確かに……それは……もったいないな。



要人ははじめて、真剣に考え始めた。

口座の数字を増やすことを。





「あと3年ちょっとで……わたくしも、京都にお茶を習いに通うはずなのに……。そのころには、お兄さまも、京都の大学に通われるはずですのに……おばあさまがいらっしゃらないんじゃ……」
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