いつも、雨
「そうだわ。宇賀神さん、お茶碗を持ったまま行っちゃったみたいなの。玄関に置いてなかった?」

思い出したように、領子が尋ねた。


「え……今日のお茶碗、仁清(にんせい)ですけど……。」

絶句するキタさんに、領子は肩をすくめた。

「もちろん知ってるわ。わたくしが選んだんですもの。……無事に戻ってくるかしら。もし割れちゃったら……お兄さま、宇賀神さんのこと、生涯、許してくださらないかもね。」


領子は笑っているけれど、キタさんは顔を引きつらせた。


江戸時代初期の陶工野々村仁清は今も人気で、「仁清写し」と呼ばれる茶碗が作り続けられている。

しかし、天花寺家には本物の仁清がいくつも現存する。

初代の逸品もあれば、二代目のイマイチなものもある。

天花寺家の祖先が仁和寺と所縁が深かったためだが、ちょうど一夫が持って行ってしまった茶碗は一時的に借金のかたに質に取られたこともあったそうだ。

紆余曲折を経て天花寺家に戻ってきた仁清なので大丈夫だろう。


領子は暢気にそう考えた。



それにしても、おかしい……。

たぶんそんな価値なんてご存じないでしょうに……よりによって、仁清を持って行ってしまわれるなんて……。

本当に……おもしろいかた……。


思い出すと、何度でも笑えた。

……謀らずとも、領子は一夫の言い残したように、機嫌よく過ごした……。







いっぽう、一夫は真面目な男だった。

いつも通り、役所に寄ってから、一つめの現場に顔を出した。

そしてお昼に、実家に戻ると、両親と兄夫婦に言った。

「結婚したいヒトがいます。反対されても結婚するけど、できたら反対せんといてほしいんや。」


めでたい話なのに、最初から反対されることを前提にしている一夫に、家族は身構えた。


「……水商売の女け?」

兄が恐る恐る尋ねた。


「いや。働いたこと、ないそうや。」

「……家事手伝いってこと?」


嫂(あによめ)にそう聞かれて、一夫は、首を横に振った。


「家事もしたことないらしいわ。せやし、おかあちゃんや、お義姉ちゃんみたいに、家のことも、店のこともできはらへんと思うし、させる気もない。」

「……何や、それ。お前、せっかく工務店が軌道に乗ってるのに……そんな……」

父も困惑気味だ。
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