いつも、雨
化学療法は施さなかった。


恭風(やすかぜ)は、これまでの人生と何ら変わらない態度で、飄々と死を受け入れた。

恭匡(やすまさ)もまた、父の意志を尊重し、延命を諦めた。


それでも日増しに弱り、痛みを訴える頻度が増える父の姿は堪えた。

なるべく父の傍らに寄り添い、父と交遊のある友人知人を招き、少しでも父が上機嫌で過ごせるよう心を砕いた。



そんな中……やはり父が子供のように無邪気になれる相手は要人(かなと)だということを恭匡は今さらのように知った。


「お父さんにとって、竹原は……大切な存在だったんですね。」

三日に上げず見舞にやってくる要人のもたらした土産の生麩餅の笹を剥きながら、恭匡はそうつぶやいた。


恭風はキョトンとして、それからにやりと笑った。

「何や、今頃。そら、そうや。同い年の兄貴みたいなもんや。竹原は常にわしを立ててくれるけどな。……ちっちゃい頃は、ほんまに慕ってたわ。わしにとっては憧れの存在やったなあ。」


ただの主従ではない……それはわかっていたが、改めて目をキラキラさせる父の熱が、恭匡には意外だった。


恭風は、ふふふと小さく笑って、続けた。

「わしも、領子(えりこ)も、京都のおばあちゃんとこに行くんが楽しみでなあ。ずーっと竹原の後をくっついて遊びまわってたわ。……ええ時代やったなあ。」


「……おばさまも……。」

そんな頃から、好きだったのか……。

叔母も、竹原も……しつこいな。


他人のことは言えないほどに自分も偏執的に由未を想っていることを、恭匡は棚上げしていた。





「せや。……人生はままならんな。わしが領子やったら、四の五の言わんと、竹原と駆け落ちしてしもたやろうけどな。……ほんま、ままならんわ。」


しみじみとそう言う父の気持ちを、恭匡は完全には理解できなかった。



……父は、2人の結婚を望んでいたのか……。

だが、その後、叔母の領子は、婚家の夫を欺き、要人の子をなした。

今、領子はまた別の男と再婚して幸せそうではあるが……要人と完全に切れているとはとても思えなかった。



叔母はともかく、要人の蛇のような執着心に恭匡はある種のシンパシーと同族嫌悪の両方を感じていた。
< 413 / 666 >

この作品をシェア

pagetop