いつも、雨
恭風は、大好きな生麩餅を食べ、息子のたてたお抹茶を飲んでから、しみじみと言った。

「わしも、領子も、竹原が好きなんや。……せやし、百合子が義人くんを諦めきれへん気持ちも、……あんたが由未ちゃんを大切に想う気持ちも、よぉよぉわかる。」


突然、父に自分の秘めた恋を指摘され、恭匡は目と口を開いた。


恭風は目を細めて、いつものポーカーフェイスの崩れた息子を愛しげに見つめた。

「……まあ、そういうわけや。だぁれも反対せぇへん。しっかり、やりよし。竹原があんじょうやってくれるわ。……あんたは、変な意地張らんときや。」

「いや、僕は……。」


そんなお膳立ては不要だ。

そう言いたかったが、恭風は黙って首を横に振った。



何も言わなくてもいい。

わかってるから。



そんな気遣いを感じて、恭匡は言葉をひっこめた。


……色事で、この父に敵うわけがない……。



黙ってうつむく息子から窓へと視線を移して、恭風は言った。

「病院に居ったら、いつの間にか春が通り過ぎてしもたなあ。今年は京都の桜、観られへんかったわ……。」



……来年、観に行きましょう……とは、とても言えなかった。


医師から告げられた余命期間は過ぎてしまった。

夏どころか、梅雨まで持たないだろう。

せめて爽やかな初夏の風を父が心地よく感じることができるのを祈るしかない。


「……いや。領子と百合子が、持って来てくれてたか……。綺麗やったな……彼岸桜やったけど……。」


夢見るようにつぶやく父に、恭匡はほほ笑んだ。


「竹原も、おばさま達も、しょっちゅう来てくださって……うれしいですね。」

「せやな。ありがたいわ。……わしがいんでも、あんたのこと、みてくれるやろしな。」

「……とっくに成人してますから、僕のことは……」


もごもごと口をつぐんだ恭匡に、恭風はなおも言った。


「そうはいかん。あんた、どこぞの会社に就職する気ぃらしいやん。竹原が歎いてたで。ずっと、手伝ってほしいってお願いしてるのに、って。」


……しまった。

とっくにバレていたのか……。
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