いつも、雨
恭匡は、何度水を向けられても、要人の事業を手伝う気にはなれなかった。

要人個人に対する微妙な気持ちももちろんあるが、それ以上に、義人の立場を考えると、無理だった。

経営者として傲慢なワンマン社長の要人は、なぜか昔から、実子の義人より、恭匡をかわいがり、その才能に期待していた。


しかし義人は、恭匡から見ても優秀な男だ。

そう必死に受験勉強をしている様子も見せず、昨春、あっさりと京大生になった。

何より、社交性では恭匡は義人の足元にも及ばない。



「竹原には義人くんがいるじゃないですか。僕は僕でちゃんと就職して生計を立てますよ。ご心配なさらないでください。」


恭匡のクールな言葉に、恭風は淋しそうに笑った。

「わしがあんたにしてやれることは、心配だけなんやけどな。」


恭匡は胸をつかれた。


言葉を返せない恭匡の揺れる瞳を見て、恭風は笑顔を見せた。

「まあ、好きにしよし。あんたの人生や。幸せになりぃや。」



……やめてくれ……。

そんな……遺言みたいことば……。



何も言えなかった。

口を開くと、嗚咽してしまいそうだった。



恭匡は、父に涙を見られないように顔を背けて、茶碗や茶筅を持って立ち上がった。

備え付けの洗面台で茶碗を洗う恭匡の背中が小刻みに震えていた。



……かわいそうになあ。

ほとんど母親の愛情を知らんと育って……、もう、父親まで失うんやから。

……そう……か。

それでも、竹原よりは、マシか。


竹原……。

逢いたいなあ……。




その日が、恭風が穏やかに機嫌よく過ごせた最後の日となってしまった。

恭風は発熱と、意識混濁を繰り返し、アルツハイマーのような状態になってしまった。

痛みは強い薬で無理矢理抑えることができても、……もはや、無理矢理生かされている……恭匡にはそんな風に見えた。

ろくに消化もできないのに、生来の食い意地は健在らしい。

無理に食べては嘔吐を繰り返す動物のような父を、恭匡はとても見てられず、つらい日々を過ごした。



叔母の領子は、恭匡の手を握り、一緒に泣いた。

そして、要人は……恭風には要人の存在だけはたまに認識できるらしく……忙しい立場なのに、最後の1週間は毎日訪れ、励ました。



恭匡の記憶している限り、恭風の最後の言葉は要人へ後を託す意味合いの言葉だった。
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