いつも、雨
通夜は土曜日だった。

悲しみに暮れる遺族に負担をかけないよう、葬儀の一切合切を要人が仕切った。

京都から義人も駆け付けて忙しく走り回り、手伝った。



恭匡がろくに食事に手を付けていないことに気づいた義人は、普段から父がよく手土産にしていた京都の生菓子を勧めた。

「恭匡さま。今、召し上がっておかれないと、弔問のかたがたがお見えになった時、おつらいですよ。」


腐っても旧華族、旧堂上家の当主の通夜だ。

弔問客には、錚々たる面々が居並ぶことは間違いない。


「……ありがとう。義人くんも、わざわざすまないね。」

恭匡は、かすかな微笑すら浮かべたが、その目に精気はまったくなかった。

そして、義人の差し出した生菓子をじっと見つめて、つぶやいた。

「父が大好きだったな……これ。……お供えしていいかな。」



ダメですよ、とは言えなかった。


忙しく立ち働く義人に後を託され、百合子が恭匡に付き添い、飲み物やお菓子を勧めた。

しかし恭匡は終始心ここにあらずといった態で、お行儀よく座っていた。




前日に引き続き、ざっと夕立のような雨が降ったのは、ぼちぼち弔問客が姿を見せ始めた頃だった。

付き合いの途絶えた母方の親類の縁で宗門の門主が到着されると、恭匡も受付まで挨拶に出向いた。


雨の匂いをかき消す線香の香りに、恭匡は目眩を覚えた。

耳鳴りが聞こえる。


青白い顔で今にも崩れそうな恭匡に気づいた義人が、かろうじて支えた。


何とかご挨拶を済ませた恭匡を喪主の席に座らせて、義人はポケットから栄養ドリンク剤を出した。


恭匡は眉をひそめた。


「……薬臭そうだね……。」

嫌そうな恭匡に、義人はにっこりと笑顔で言った。

「お薬だと思って、飲み干してください。」


有無を言わさず、栄養ドリンクを抜栓して、恭匡に持たせた。


恭匡は渋々口を付けたが、すぐに飲むのをやめてしまった。


それでも、少しは薬効があったのだろうか。

恭匡は何とか倒れることなく、通夜を終えることができた。




会場を移して、通夜振舞として親類だけで簡単な食事会が催された。

さすがに、この場には要人も義人もいない。


恭匡と領子が、冠婚葬祭の時ぐらいしか顔を合わさない親類をもてなした。


なぜか、領子の前の舅である橘千秋氏も、一夫に引き止められて同席した。

前夫の千歳も再婚し、跡取りに恵まれ、幸せな日々を送っていると話してくれた。



途切れた縁もあれば、新たな縁もあり……陰ながら脈々と続いている縁もある。



領子は隣で豪快に場を取り持つ夫の一夫を頼もしく思うと同時に、恭風の遺体のそばで夜を明かす義人を想った。

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