いつも、雨
「あら、そう?竹原らしくないわね。わたくしは、信じていましたわ。……竹原が、このまま放っておくわけない、って。」

微笑んだ領子の目尻に、涙がにじんだ。


「領子さま……。」

そっと要人は唇を寄せた。

しょっぱいはずの涙ですら、甘い蜜のように思えた。


「……ごめんねさい。違うの。本当は……わたくし……とても、不安で……不安で……主人が大切なのに……竹原に逢いたかったの……。」


要人の胸に甘美な痛みが広がった。

こんなにも素直に自分への愛情を口にする領子は、何年、いや、何十年ぶりだろうか。


……我慢した甲斐があった……。


感動にも似た想いに、要人は震えた。

視界が滲む。


「……竹原?」

領子の美しい瞳が、要人を捉える。


要人はたまらず、領子を掻き抱いた。


領子に巣くった、不安も、淋しさも、悲しみも……全てが溶けて流れてゆく……

ようやく領子は、ほうっと息をついた。








2人の時間はすぐに過ぎてしまう。

別れを惜しむより、敢えての笑顔で要人はお土産を手渡した。


「いつもありがとう。」

領子も笑顔で受け取り、木箱の蓋を開けた。

群青色の絹の中に、無色透明の樹脂で象られた月下美人のコームがキラキラと輝いていた。


「……素敵ですけど……わたくしには、お花が大きすぎるかしら。」

手のひらより大きな花に、領子は困惑した。


要人はコームをつまみ上げると、領子のうなじの少し上にそっとあてがった。

「いや。全然。とてもよくお似合いですよ。……浴衣をお召しのときに、ぜひ。」

「そうね。それなら……。」

途中で、要人の唇に遮られてしまった。


……これだから、竹原とは完全に別れるまで、口紅を塗り直せないのよね……。



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