いつも、雨
「……それは……わたくしと……別れるという……ことですか?」
取り乱さないように自らを律しても、声が震えてしまった。
「ああ。」
素っ気ない返事が、却って強がっていることを表している。
……どうして?
わたくしを、愛してらっしゃるのに……どうして、そんなこと、仰るの?
「……もしかして……引退を、決められたの?」
自分で言っておいて、胸が痛み始めて……、百合子は右手で左胸を押さえた。
ふっ……と、泉勝利が笑った。
「この歳や。正直、引退も考えた。……けど、弟子が許さんのや。」
泉の返事を聞いて、百合子はあからさまにホッとした。
長い年月、個人的な内緒の関係を続けてはいるものの、競輪選手としての泉のことも、百合子は応援していた。
……いや、百合子のみならず、夫の碧生(あおい)も、最近では母の領子(えりこ)も泉のレースを楽しみにしていた。
「知ってるやろ?来期、S2に落ちる。……いっときはSSやったのに……2班や。……正直、もう、タイトルは無理やと思う。……いや、気休めは、ええ。自分が一番わかってる。脚力より、絶対勝つっちゅう気持ちが持続せんくなったんや。……練習メニューは変ってへんねんけどな……気持ちが入らへんねん。……こんな状態や。もう、お前を抱く資格、ないわ。」
現在の競輪選手の男子の格付けは、上からS級S班、S級1班、S級2班、A級1班、A級2班、A級3班と続く。
泉はデビュー以来ずっとS級の上位クラスを維持し、タイトルを獲得した数年間は上から9人しかいないS級S班として走った。
しかし、寄る年波には抗えない。
以前のようには勝てなくなり、競走得点が落ちてゆき……ついには、級班を落としてしまった。
プライドの高い泉は、かつては強いうちに引退したいと考えていた。