いつも、雨
だが、可愛がっていた弟子から託された競輪への想いを背負って……力尽きるまで、走り続けると決めた。


同時に、さらに若い弟子達を抱えると、体力の限界を実感しながらも、弱音を吐くこともできなくなってしまった。


これまでのように、タイトルを獲るために練習することはなくなったが、1人でもゴール前で抜くために差し足を磨いた。


……気がつけば、競走前に緊張で眠れなくなることもなくなり……むしろ、競走を楽しめる心境になっていた。


かつてのプレッシャーは消え、肩の力が抜けた。



……つまり、百合子を抱かなくても、薬を飲まなくても、毎晩ふつうに熟睡できるようになったようだ。



「今まで、ありがとうな。感謝してる。ほんまに、俺、めっちゃ好きやったで。……せやし、百合子が旦那に愛想つかされんうちに、終わりにしようや。」



勝手な言いぐさのように聞こえるが、泉らしい気遣いを感じて、百合子は……こっくりとうなずいた。


泣きたい気持ちは、もちろんあった。


泉に流されての関係とはいえ、百合子ももちろん泉を愛している。



でも、……いや、だからこそ百合子は未練をみじんも見せなかった。



「帰ります。ここでけっこうです。……ごきけんよう。」


淡々とそう言うと、百合子は泉の車をおりた。




最後のキスもせず、手を振ることも、瞳を交わすことすらなく……。


……呆気ないものね……。





泉の車が、派手な音を立ててエンジンをふかし、けたたましく百合子を追い抜いて走り去った。


赤信号を無視して猛スピードで走り、どんどん小さくなっていく。




また、あんな無茶して……警察につかまっちゃうわよ……もう……。

困った人。


……大丈夫かしら……。


心配だわ。


やっぱり、わたくし……泉さんのこと……心配よ……。



百合子の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。






目の充血がおさまるのを待って、百合子は帰宅した。






「おかえり。早かったね。」

夫の碧生が、笑顔で迎えた。


「ただいま戻りました。……あなたは、遅いのね。まだご出勤なさらなくていいの?」



碧生は、私立大学で専任講師の職を得た。

地方の国立大からの引き合いもあったが、百合子や恭匡に離れたくないのと……給与も待遇も私大の方が上だった。
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