いつも、雨
「わあ。ありがとうございます。薫くん、よかったねえ。まいらちゃん。希和子さん。お茶、ご馳走してくださるってー。」


無邪気に喜ぶ桜子を、薫は苦々しく見たが、さすがにその場で叱るのは辞めようと自重した。

桜子の美貌は、時に、便利な武器にもなるが、同時に、相手の劣情をかき立てる危険性もまた常に高い。

なのに無頓着過ぎる!



「では、こちらへどうぞ。」

僧侶に案内され、一行は、靴や草履を脱ぎ、廊下を進んだ。

広い庭園の一角だけとは言え、美しい睡蓮の咲く池を眺めながら廻り縁を進む。

如何にも立派な大広間に案内され、薫のテンションがまた上がった。


「床柱(とこばしら)、ふとっ!黒っ!すげぇ……。桜子!ほら、すごい!」


何がどうすごいのかわからないけれど、薫の声が大きいことに桜子は慌てた。


「しぃっ。薫くん。声、落として。……お隣、御客様って仰ってたでしょ?迷惑かけちゃダメだって。」


しかし薫は、むしろニヤリと笑って見せた。

どうやら確信犯のようだ。


「薫くん?」


「ほら!まいら!こっちこっち!床の間の掛軸、見せていただきましょう!薫くん!読める!?」


希和子も珍しく声が大きい。


しかしこちらはテンションが高いというよりも、むしろ……わざわざ張り上げているような……。



「希和子さん?どうして」

桜子は言葉を飲み込んだ。



すっ……と、音もなく、大きな襖戸が動いたのだ。


「しぃーっ」

慌ててまいらが、母の希和子と薫をたしなめたが、時すでに遅し。


間違いなく名のある日本画家による文化財であろう襖戸を開けた年嵩の僧侶が、こちらを覗き込むように見ていた。



「ごめんなさい!うるさくして。」

「すみません!」


まいらと桜子は、ほぼ同時にそう謝ったが、薫と希和子は心持ち首を伸ばして、隣室を見ようとしていた。




「薫くん」

 
小声で桜子がたしなめたそのとき、隣室から、涼やかな夏の僧衣を身にまとった孝義が出てきた。


「……賑やかやなぁ。」

口調は穏和だが、目はじろりと4人をねめつけていた。


突然の想い人の登場に、まいらは、ただただ驚いて、固まってしまった。




「あら孝義くん。びっくりした。偶然ねえ。」

ものすごく不自然で下手くそな芝居がかったことを、希和子が言ってのけた。


偶然もなにも、孝義は希和子にラインでこの寺の法要に参列することを伝えていた。




……偶然ということにしたいのは……そうか、アレか?


孝義は、先ほど目にした光景を思い出し、独り合点した。
< 588 / 666 >

この作品をシェア

pagetop