いつも、雨
その夜、要人は、息子夫婦と孫夫婦に、全ての職務と社会的責任からの引退を伝えた。




……そんなに、橘のおばさまの容態は……よくないのか……。


別人のように穏やかな父の顔から事態を察知した義人は、形だけでも会長職に引き止めることもしなかった。



「わかりました。不肖の息子ですが、せめて薫くんが社会人になるまで、会社の業績が落ちないように奮迅します。原さん。しばらくの間ご面倒をおかけいたしますが、よろしくお願いします。」


いつもなら要人のすぐ後ろに控えて立っている秘書の原が、今日は苦虫を噛み潰したような顔で同じ席についていた。



「……不本意ですが……社長にご心配をおかけしないように、務めさせていただきます。」



ふっ……と、要人が柔らかく微笑んだ。


「すまないな。しかし、不測の事態の時には君に預けたいと、昔から言っていただろ?」



義人もまた、兄とも慕った男に笑顔でうなずいて見せた。



天を仰いだ原を要人がからかった。


「おいおい。まさか、冗談だとでも思っていたのか?とっくに覚悟してくれていると思っていたぞ。」


「……社長が無責任な冗談を仰っているとは、もちろん思っていませんでしたが……そうならないことを、ずっと願っていました。叶うことなら、社長と一緒に、私も退社させていただきたいのですが……」


原の願いは、もちろん聞き届けられなかった。




「じゃあ、おじいちゃんの跡を継いで社長になるのは、原さんってこと?義人さんは?ほんまにええの?」

改めて、薫がそう確認した。



義人は肩をすくめた。


「うん。俺には、お父さんや、原さんや……君のように大胆な事業展開はできないからね。」


「……義人さんは、合理的だから……」

控えめに、桜子がそう言った。



「まあ、原と薫くんが、もし万が一、運営に行き詰まったら……その時は、義人に合理化とやらをしてもらえばいい。……その頃には、私はもういないだろうから。好きにやればいい。」


要人の言葉に、義人は涙をこらえて、うつむいた。


そして、血を吐くように……かすれた声で謝った。


「……すみません。お父さん。……ご期待に応えられない……不肖の息子で……。」



要人は頭を軽くふった。


「いや。私こそ、すまない。自分の理想をお前に押し付けて。……いっそお前が愚鈍なら、あきらめもついたのだが……。……嫌な想いをさせて、悪かった。」
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