いつも、雨
要人の穏やかな表情と優しい声は、領子に子供の頃を思い出させた。


何十年たっても、変わらなかった唯一無二の存在。



「……確かに……わたくしたち……一緒にいるべきだったかもしれませんね。」


珍しく素直にそう認めた領子の上半身を、要人は思わず立ち上がって抱きしめた。

領子の心臓が存在を主張するかのように、ドキドキし始めた。



「……でもね、竹原……。わたくし、本当に、離婚はしたくないのよ。……いまさら……一夫さんを、独りにすることなんて、できないわ。……ごめんなさい……。」


要人の胸に頬を押し当てたまま、領子はそう伝えた。



……気持ちは、わかる。


領子が、夫の一夫に感謝し、ある意味、要人に対する以上に、依存していることは知っている。


まったく嫉妬していないと言えば嘘になる。


だが、領子が男として恋してやまないのは要人だけだということも、よくよくわかっている。


要人は、小さく息をついて、ゆっくり領子を手放した。




領子の瞳に涙がきらきら輝いていた。


たまらず、要人は領子の頬を捉えて、キスした。


乱暴でも強引でもない、優しいキスだった。




唇が離れたあとも、領子は余韻に満たされた。


要人は苦笑した。


「……お気持ちは、わかりました。しかし、私たちが一緒になることが、一夫くんの願いでもあるのですよ。……彼は、本当に領子さまのことを大切にしてくださって……私も、彼に、感謝しています。……今回は、彼の気持ちに甘えさせていただきませんか?」


噛んで含めるように言われると、領子は強く拒絶することができない。


途方に暮れた子供のように、領子はじっと要人を見つめて……切々と訴えた。


「……孫たちも、わたくしより一夫さんのほうが好きなのよ。……引き離すの?……こんな歳になってから、家族と引き離して、独りにするなんて……残酷だわ……。」



要人は、ゆっくり頷いて見せて、それから言った。

「わかります。……では、離婚は、お辞めになられたらいいんじゃないですか?戸籍をそのままにしておけば、一夫くんは今まで通り、百合子夫婦や孫と家族のままだ。……あなたは、身ひとつで、私のもとに来ればいい。……家出……では外聞が悪いな……別居もちょっと違う……そうだな……転地療養かな?……私が、領子さま専属の看護士と介護士になります。……それでも、ダメですか?」


領子は、ふっと微笑んだ。


肯定も否定もしなかった。


< 646 / 666 >

この作品をシェア

pagetop