いつも、雨
「ではお義母さんは、53年越しの恋を実らせたわけですね。……ある意味、金婚式よりめでたいね。」


娘婿の碧生にそう揶揄されて、領子はむきになって訂正した。


「違いますわ。物心ついたときには、もう、竹原に憧れてましたもの。……記憶にあるのは……65年ぐらい?」


さすがに、要人は気恥ずかしくなってしまった。


「領子さま。それ以上は、もう……。」


「……まあ、……せいぜい、仲良ぉ暮らしよし。あほらし。……帰ろか。」


一夫は、領子の記入し終えた離婚届で団扇のようにパタパタ扇ぎながら、すっくと立ち上がった。



「では、ごきげんよう。」

「また遊びに行きますね。」


百合子に続いた碧生がひらひらと手を振り、好いたらしい笑顔を残して去って行った。





「では、我々も、参りますか。新居へ。」


おもむろに、要人は領子に手を差し伸べた。


領子は、うれしそうに頷いた。




折り悪く、急激に強い雨が降り出した。


「……せっかくの門出に、酷い雨だ。」


苦笑する要人に、領子が言った。


「かまいませんわ。わたくし、雨が好きよ。……晴も、曇りも嫌いじゃありませんけど……雨には、竹原との思い出がたくさんありますもの。」


「いつも、雨……でしたね。」


要人の胸に、さまざまな思い出が去来した。



想いを伝えあった夜も、初めて結ばれた貴船の夜も、雨だった。



「……うれしいことばかりではありませんけど……今となっては、胸がつぶれそうになった雨の日のことも、……大切な思い出ですわ。」


しみじみとそう言ってから、領子は敢えて雨の中へと歩き出した。


「風邪引きますよ。」

慌てて要人が傘を差し掛けようと追いかけた。



「まったく。子供みたいな真似して。……雨に濡れるのも、そんな風に急いで歩かれるのも、お身体に障りますから。辞めてください。めんどうでも、いちいち、私をお呼びください。」


「はぁい。……そう言えば、竹原、口うるさくて頑固な家庭教師だったわね。思い出したわ。」



くすくすと笑った領子がかわいらしくて……要人は痩せた肩をしっかり捉えて歩き出した。



「領子さまもね、ワガママで頑固なお嬢様でしたよ。」



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