いつも、雨
「ほな、いこか。……ほんま、堪忍やで。せっかく来てくれたのに、バタバタしてて。」

「あら。お舞台ですもの。仕方ありませんわ。それにわたくしも、お茶会のお手伝いに参りますから、お兄さまとゆっくり過ごす時間はありませんわ。」

「……まあ、ほどほどにな。手伝いゆーても、水屋仕事はけっこう大変やしなあ。……竹原は?相変わらず、忙しいんか?こっち来いひんて?」


領子は、曖昧に首を傾げて見せてから、言葉を選んで言った。

「忙しそうですわ。会社を立ち上げたとかで、わたくしの家庭教師の日以外は、帰宅も遅いようです。」

「へえ……。まあ、いつまでもヒトに使われてる男じゃないか。……ほんまに……すごいなあ……竹原は。」

兄は目を細めて宙を見上げた。


その瞳に、隠しきれない憧れを見てとって、領子はちょっと微妙な気持ちになった。


……お兄さまって……、ほんっとに好きよね……竹原のこと。


自分のことは棚上げして、領子は、兄の思慕を冷ややかにみていた。





「……また、荒れましたわね。」

手入れしない荒れ放題の庭を見て、領子はため息をついた。


「あー、まあ、庭までは手ぇ回らんわ。堪忍な。……でも家と能舞台は、ちゃんと掃除してるで。最近どうも、アレルギーっちゅうか……ハウスダスト?ほこりっぽいんが苦手になってな。」

恭風の言う通り、家の中は意外と綺麗だった。


「ほな、これ、鍵な。わしは、3日の本番まで出たり入ったりやし、気にせんでいいしな。3日の夜は打ち上げで一晩中師匠ん家で飲んでると思うわ。何かあったら、そっち、来てくれたらいいし。」

そう言って、恭風は、領子に鍵を2つ渡した。

恭風の師事する能楽師の自宅兼稽古場は、このお屋敷から目と鼻の先だ。


「わかりました。……わたくしも、お茶会のお手伝いだけじゃなく、お稽古もありますので、どうぞ、おかまいなく。」

領子はそう言って、笑顔で恭風を送り出した。



束の間の自由が始まった。


満喫しなきゃ!


すぐに、領子は要人に電話をかけた。


「竹原?お兄さま、お出になられたわ。……今、どこにいるの?」


言葉より先に、くすっと小さな笑い声が聞こえてきた。



……それだけで、領子の胸はときめき……頬がゆるんだ。


『速攻やな。……俺より先に、ご自宅に電話してさしあげないと。奥さまも、キタさんも、心配されてますよ。』

「はぁい。すぐ電話するわ。……それで?竹原のほうは?どう?……まだ東京?」

「……いや。着いたよ。」

顔を上げると、そこに大好きな要人が立っていた。
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